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No.003 Ryan’s Daughter 「ライアンの娘」

Ryan’s Daughter「ライアンの娘」

”完璧な演出と演技。あまりに美しく、鮮烈な映画”

美しく、現代的な女性ロージー(サラ・マイルズ)は、教師のチャールズ(ロバート・ミッチャム)という夫のある身でありながら、イギリス軍将校(クリストファー・ジョーンズ)と不倫関係にあった。あるとき、イギリスからの独立運動をしている一派が逮捕されるという事件が起こり、ロージーは裏切り者の刻印を押されてしまう。そんなとき、彼女のそばにいて支えてくれたのは、彼女が裏切り続けてきた夫のチャールズだった…

「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」を世に送り出した巨匠デビッド・リーン監督と脚本ロバート・ボルトのコンビによるヒューマンドラマ。アカデミー賞では2部問(助演男優賞/ジョン・ミルズ、撮影賞/フレディ・ヤング)を受賞。アイルランドの港町を舞台に、人間の本質をえぐり出した名作中の名作。

1970年公開・206分

2016年8月終わりから一週間アイルランドを訪れた。「ライアンの娘」のロケ地になった、ディングル半島の風景を体感するのを、自分の人生の宿題の一つとしていたからだ。「アラビアのロレンス」の砂漠「ドクトル・ジバゴ」の雪原…。デビッド・リーン監督作品の魅力の一つだ、大自然の中の小さき人々の営みと葛藤。

「ライアンの娘」の冒頭タイトルに流れる雲は、フィルムを早回ししているのかと思われるほどの動きだ。遠景にとらえられるのは、海に突き出た巨大な崖。ほぼ垂直に切り立った崖の上を動く極小の人影。海上に向かい、ゆっくりと落ちてゆく日傘・・・。圧倒的な美しさのファーストシーンだ。別のシーンで、ロージーとチャールズが二人、砂浜を歩いていく。カメラが上昇し、二人の足跡だけが残る広大な砂浜を捉える・・・。

1978年夏、池袋文芸坐土曜日オールナイト「ライアンの娘」「ドクトル・ジバゴ」の順で、連れ合いの由理くんと一緒に鑑賞した。両作品とも3時間20分ほどの長尺、今では避けるであろう状況、流石に翌日はゆっくりと起床した。35年の時を経て、両作品をDVDで観て以来の好き具合は甲乙付けがたいが、鑑賞直後から再見までは「ライアンの娘」の方が、ずっと好みだった。何故かは自分の中での話で、ひとり分析して楽しんでいる。

アイルランドダブリン空港から市街地までバスで入る。翌日から、レンタカーでお目当てのディングル半島を目指す。ダブリンからは、およそ350km5時間弱で着きそうだ。レンタカーナビ付きコンパクトを日本で予約しておいた。前年訪れたイギリスの旅でレンタルした、カーナビシステムが素晴らしかった。経度と緯度を入力する。住所などより、ずっと確実だった。ディングル半島への旅でも、役に立つだろう。日本で予約をしておいた。

レンタカーを借りる際にトラブル(No.018 ダブリン・レンタカートラブル)があったこともあり、予定時間より大幅に遅れて、ディングル半島の宿B&Bに到着する。案内所に足を運ぶと「ライアンの娘」に関するパンフレットもあった。話を聞くと「ライアンの娘」の撮影は大幅に延期され、一年近くに渡ったそうだ。ロケのために作った集落は取り壊されたが、サラ・マイルズとロバート・ミッチャム扮するロージー&チャールズ夫妻の住まいともなっていた学校は残っていると言う。モハーの断崖は少し離れているが、砂浜の場所や他のロケ地場所は、車で行けばすぐだという。

学校に向かった。草地の中にポツンと立っていたのは、屋根もなく何とか家を思わせるものだった。映画の中では、学校の周りに道路が走っていたはずだ。道路も、映画のために草原に作られたものだったのだ。ロージーが村人たちにリンチを受けたのもここだったな…。あとかたもないと言えば、そう言える。ここまで来る物好きはいないようだ。ただ一人、想像上の教室で黒板に字を書き、ダイニングでロージー&チャールズ夫妻と紅茶を共に飲んだ。映画を観たものにしかできない一人芝居だ。日本であれば人が行き交うであろう美しい岩場に波が止めどなく打ち寄せ、風は澄んだ空気を切り裂き、音が産まれていた。遠くでカモメの鳴く声があった。

モハーの断崖も、あの砂浜も、映画の中の断崖であり、映画の中の砂浜であった。今、目の前にある景色は違うものではない。映画の中の壮大な風景以上のものであり、映画の中の壮大な風景以下のものでもある。小雨が降ってきた。風の音に混じって雨の音が重なる。帰国したら「ライアンの娘」をもう一度観よう。新たな印象が加わるのだろうな。長く抱いていた人生の宿題が、長く抱くであろう思い出に変わった。






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