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スタイルガイドと表記一覧

年始めにいきなり消滅した長期プロジェクトのおかげで、ここしばらくは、翻訳するときに参照するターゲット言語のスタイルガイドと表記一覧について考えています。

長年、編集者たちと近距離で仕事してきたせいか、表記一覧の存在に疑問を持つことなく、「あって当然」とすら思っていました。しかし、どうして必要なのかを深く考え始めると、いろ〜んなことに気づくようになりました。

雑誌であれ、書籍であれ、同一コンテンツ内での表記はできる限り統一するのが、出版業界の常識だと思います(編集者ではないので断言はできませんが)。特に、漢字の表記(ひらがなか、漢字そのままか=漢字の開閉)を決めるのはとても重要です。

例えば、少し長めのテキスト(1500字前後)で、「友だち」「友達」「ともだち」が混在していたら、どんな印象を受けますか?

それぞれの表記に「異なる意味合い」を持たせているのであれば、納得できるでしょう。しかし、すべて同じものを示す場合、テキストを読み進めるうちに、この表記違いに違和感を覚え、人によってはその違和感が邪魔して、内容に集中できなくなる場合もあります。

文字は、「それで書かれている内容」を伝達するためのツールです。それなのに、文字に意識が行ってしまい、内容が頭に入ってこないとなると、見事な本末転倒です。

文字に意識が引っ張られるケースはもうひとつあります。それが「漢字の割合が多い文章」。漢字が多すぎると、字面を見た途端に読む気が失せる人もいるはず(私もそのひとり)。

普通の読者は気にしていないと思いますが、プロの編集者の手を通して世間に公開されるテキスト(記事、小説、漫画の吹き出しなど何でも)は、「漢字:ひらがらとカタカナ=3:7」が基準です。

これが最も読みやすい割合だといわれているので、熟練編集者になればなるほど、無意識にこの割合で文章を編集・校正するわけです。

内容とは無縁に見えるこんなことが、どうして重要なのか?

それは、日本語の表記文字が3種類(表意1、表音2)で、そのひとつである漢字に複数の読み方があるからだと、最近気づきました。中国語の場合、漢字ひとつに発音ひとつが基本らしく、日本語の漢字のように、他の文字との組み合わせで発音がガラリと変わることがないようなのです。

一方、日本語ネイティブは、子どもの頃から複数の読みが自然ゆえ、難しいとも思わずに難なくこなしています。ところが表音文字のみの言語で育った人々には、「視覚で受け取る文字情報の難易度に字面が影響する」という発想が、そもそもないような気がします。

表音文字言語のネイティブで日本語を学んだ人でも、この暗黙の影響を知らない人だと、全体の5割以上が漢字という文章を書く傾向があります。そして、これはプロの編集者と仕事をした経験のない翻訳者にもいえます。

学術論文のような難解さがウリのテキストは別として、日本語がターゲット言語の翻訳者であれば、まずは「目に優しい字面」を意識するのが大切です。そして、依頼主に敬体・常体の確認をするついでに、「表記一覧」を求めるクセをつけるのがよいと思います。

どんな文章でも「読んでもらってなんぼ」です。読者の読む気を削ぐ字面のせいで、せっかくの素敵な内容が伝わらないなんてもったいない!

ちなみに、翻訳時にもらうスタイルガイドは翻訳文のトーンと、クライアントが「この表記はこれで統一してくれ」という固有名詞などを指定しているだけ。全体的な字面に関しては考慮されていないことが多いです。同じテキストを分割して、複数の翻訳者で作業すると、表記がバラバラになる原因がこれです。




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