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ファンではなく、同じ舞台に立ちたいんだ

突然だけど、私のちょっとした黒歴史を公開しようと思う。

中学生のとき、友達と「将来の夢」の話になった。周りがなんて言っていたかは思い出せないんだけど、たしか「学校の先生になる!」とかだったかなぁ。

そんな中、私はこう言ったのを今でもハッキリと覚えています。

ビッグになること!


・・・友達には笑われました。
まず、なにでビッグになるんだよ!と。
それから、ビッグってなんだよ!と。

これを言った時の気持ちもハッキリ覚えています。
「なにで」かはわからないけど、自分が憧れを抱く人たちのように、華やかな舞台に立ちたい!という気持ちで満ちていたんです。

子供の頃って、こういう気持ちを誰もが抱くんじゃないでしょうか。
憧れのあの人(テレビや映画の影響が大きいですよね)みたいになりたい!っていう気持ち。

でも、大人になっていくにつれて、自分にできること・できないことがわかっていく。

自然と道は消えていって、高校受験の頃には「どこまでなら自分は目指せるのか」という視点に変わっていく。

「挑戦もせず諦める」ということを何度も何度も繰り返して、私も30歳手前までやってきました。

消費者でいるのは「悔しい」

大人になってからも、「憧れ」の気持ちって抱くじゃないですか。
映画を観て、ドラマを観て、音楽を聴いて、「なんて素晴らしいんだろう。」って。

つい最近だと、スパイダーマンを観た時の気持ちをnoteに書きました。

まさにこの通りなんですけど、私はものすごく感動させられた時、悔しい気持ちになるんです。

チャーリー・プースのLight Switchを聴いた時。

BTSのグラミー賞でのDynamiteパフォーマンスを観た時。


なんて素晴らしいんだろう。
そして、なんで私はここで、これを聴いたり観ることしか出来ないんだろう。

すごく傲慢な感情だなぁ、とも思います。

単純に「好き!」でいいじゃないかって。
「あなたのファンです!応援してます!」でいいじゃないかって。

でも、なぜだかわからないけど、それで終わりに出来ないのです。
私の中にはまだ、中学生の頃の「ビッグになる!」と言っていた自分がいるようなんです。

ファンです、じゃなくて、同じ舞台に立ちたい。

あなたが世界一の歌手なら、あなたが読んで"いいなぁ"と思うような本を書きたい。

あなたが世界一のアスリートなら、あなたが試合の前に勇気をもらうような本を書きたい。

・・・書いてて気づいたけど、私は「書くこと」で登っていこうとしてるな?

これはそういう演出でも何でもなく、書いてて初めて出てきたもので、自分でもびっくり(笑)

この「悔しい」という気持ちが、日々の原動力にもなっています。
いつかチャーリーやBTSと、もちろんジャンルは違えど「肩を並べられる」時が来たとしたら。

いや、「肩を並べても恥ずかしくないように生きよう」って、すでに毎日、勝手に思っているのです。

中学生の頃から変わってないんだなぁ。
ビッグになる!という気持ちも、「なにで?」「どうやって?」がハッキリしていないところも・・・。

まだまだ、道のりは険しそうです。

でも自分の人生だし、一回きりだもんね。
好きなように望んで、生きていこう。

少しずつカタチにしていって、
時間がかかってもいいから、叶えたいな。

自分が憧れる人たちと、肩を並べても恥ずかしくない、同等のコンテンツや価値を生み出す人間になるぞ。
そのために、何でもない日々や仕事もしっかりやっていこう。


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