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蒼色の月 #72 「女宅へ①」

弁護士事務所に行った翌日、私は電気屋にいた。ICレコーダーを手に入れるために。
見慣れた電気屋の店内だったが、ICレコーダーなるものが、どこにあるのか見当もつかず私は店内をぐるぐると歩きまわった。
どうにも見つけることができず、しかたなく私は店員に声をかけた。

「ICレコーダーですか?」

私の声が聞き取れなかった店員が私にそう聞き返す。私は犯罪の道具でも買うように、後ろめたく小さな声で返事をした。

「はい……ICレコーダーです」

「それだとこちらになりますが、どのような用途でお使いになりますか?」

え?そこまで聞かれるとは。私は返事に口ごもる。

「……あの、会話を人との会話を録音したいので」

用途によっていろんな種類や精度があることを知った。

「できれば目の前に出さなくても、会話が拾えるものがいいんですが……」

「なるほど。でしたらこちらで」

店員は何と思ったかな。そんなことを考えながら私はレジを済ませた。
私はICレコーダーを手に入れた。

一通り説明書を読み、レコーダーのスイッチを入れる。
そして、スカートのポケットに入れるとテレビの前に立った。ポッケットからICレコーダーを取り出すと、ちゃんと録音できているか確認。ちゃんと音は拾ってる。
では私の声はどうだろう。
同じくスカートのポケットにICレコーダーを入れ、話してみたがどうも腰の位置では私の話は拾いにくい。

決死の覚悟で女宅に乗り込んだものの、ちゃんと録音できていなかったなんてことになったら取り返しが付かない。
一発勝負なのだ。

その後、私は何度も練習をした。
どこにでもいる主婦だった私が、盗聴の練習とは一体私はなにをしているのか。
情けない。

しかし、そんなことは言ってられない。

レコーダーが、胸の位置にないとうまく会話が拾えないとわかり、私は胸に内ポケットのある上着を当日着ていくことに決めた。

女宅へ乗り込む準備が出来てから、数日が過ぎていた。
何日経っても、単身、女の家へ乗り込むなんて決心が付くはずもなく一人悶々としていた。一人で女の家に乗り込む、その光景を想像するだけで動悸がした。

得体の知れないその女。
やせぎすで鋭い目の母親。
そしてまだ見ぬ無職の息子。
下手をすれば3対1で、話をすることになるかもしれない。
女一人でも怖いのに無理だ。
こんなんじゃとても無理だ。
私にはそんなことできっこない。
絶対に無理だ。
もしかすると、私が来たと夫を呼ばれでもしたらどうしよう。
そこに住んで居るんだからそれもありうる。

そしたら4対1。

無理だ、無理だ、無理だ。

どちらかと言えば平和主義者で、事なかれ主義の私にはそんなことができるとは到底思えない。ここまで来るのにすでに、心身共にぼろぼろでこの上単身女宅へなんて。

私には永遠に、その日が来ることなどないと諦めかけていた矢先のことだった。

突然に、その日はやって来た。


mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!