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蒼色の月 #76 「対決」

「今すぐ義父に電話しろ!浅見家全員、雁首そろえろ!」

美加の母親から、思いもよらない言葉が飛び出した。
私は女と話ができるのであれば、それもしかたがないと、促されるまま義父の携帯に電話した。

「はい、もしもし」

「お義父さん、麗子です。私、今美加さんの家に来てるんですけど」

「は?なんだって?お前何しに行ってるんだ!」

「美加さんと話をしに来たんです」

「お前、なにしてんだ。とんでもないことを!」

隣にいた女の母親が、私の手から携帯を取り上げた。

「あーもしもし。浅見さん?今ねお宅の嫁がうちに来てるんだけど。迷惑なんだよね、何度も何度も。非常識も良いとこだよ。この際一回ちゃんとこの子に、話したほうがいいと思うんですよ。だから場所と時間そちらで決めてもらえませんかね?明日?あんた何言ってんだ。明日なんかじゃだめだよ!明日じゃなく今日!今日だよ!うちで?うちはだめですよ。こんな話、うちの大事な孫には聞かせられませんからね。母親の修羅場なんて見せられませんよ。うちの孫は繊細なんだから。そっちで場所準備してくださいよ!頼みましたよ!いいですね!今日だから!今日!決まったら連絡ください」

うちの大事な孫?自分の孫は守るんだ。
他人の子供は傷つけても、自分の孫は守るんだ。
とっくに成人した孫は守るのに、小学生の他人の子は傷つけても平気なのか。
でも内心は、自分の娘がしでかしたこと体裁が悪いとは思ってるんだな。
美加の母親に罪があるとは思っていない。
こうやって、私に敵意をむき出しにするのも娘守りたいの一心からだろう。しかし、そんな母親でも刃を向けられれば戦うより仕方ない。刃物を向けられれば向け返すしかない。やられるわけにはいかないのだ。
私も子供を守りたい母親の一人だからだ。

場所と時間が決まったら、私にも追って電話が来ることになった。
私はいったん帰って連絡を待つ。

いよいよ美加と直接対決の時が来た。それは今夜。

絶対に負けない。
負けるわけにはいかない。

まだ父親の真実を知らない子供たちの無邪気な笑顔が浮かんだ。

その連絡は意外に早く来た。
夕方の6時に、義父の友人である市議会議員の事務所に来いとのことだった。
私は急いで冷蔵庫にあるもので夕食を作り3人に置き手紙をした。

お母さんは急用でお友達のところに行ってきます。
ご飯みんなで食べててね。

先方は美加と母親。
そして健太郎と義父。
そして私の5人での話し合いになるのであろう。

美加と二人でするよりも、いっそそのほうが手間が省けるかもしれない。
たとえ夫が美加やその母親に、都合の良い嘘をついていてもすぐその場で否定できるからだ。

今夜、この1年あまり私を苦しめ続けた見えない敵に私は初めて会う。
定刻まであと1時間。
美加は今頃夫と母親と、私をやり込める作戦を立てているに違いない。
それに比べて私は、その場に一緒に行ってくれる人もいない。

私は孤独だった。
怖かった。
こんな修羅場はごめんだ。
しかし、現実の時間は、どんどんと私を対決の場へと運んでいく。

でも美加も母親も義父も人の親。
子供がかわいい気持ちはきっと誰もが同じはず。

私から、離婚するにしても子供たちを傷つけたくないことを、誠意を持って話せばあるいは理解してくれる部分もあるかもしれない。
いや、あるはずだ。みんな子の親なのだから。

離婚するとして、子供達の気持ちを、最低限傷付けない方法だけはなにか考えてくれるのではないだろうか。
そんな小さな期待を、私は心のどこかに持っていた。

だんだんと時間が近づくにつれ、なんだか倒れてしまいそうな気がして私は安定剤を喉の奥に押し込んだ。

私はICレコダーを手に車に乗った。
初めて訪れる市議会議員の事務所。
私はその事務所の電話番号を、ナビに入れアクセルを踏んだ。

神様どうか私を守ってください。
お願いします。
お願いします。



mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!