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映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」ドンキーコングは宿敵だった。それなのに……

マリオとその仲間たちといえば、わたしにとってゲームをクリアするための駒でしかなかった。
そして、そのゲームは2作しかプレイしていない。
ニンテンドーDSのマリオシリーズの何かと、スマホアプリの「マリオカート」のみである。

マリオらは、フィールドアスレチックやカーレースにて

「ウッホ」
「ヒャッハー」
「おう!いえ!」

などを叫ぶ以外にセリフがない。
なので彼らの個性を感じたり、好感度が上げ下げするようなきっかけがなく

「どのキャラなら不器用なわたしでも勝てるだろうか」

と戦闘力だけに興味津々。
キャラそのものに愛着がなかった。

「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」ではゲームフィールド以外の各キャラの生活が見れる。感情豊かに言葉を発している姿と初対面したわたし。

「マリオだって ルイージだって キノピオだって
    みんな みんな生きているんだ」

という想いが心に熱を宿し、愛おしさが噴火してしまう。

特にドンキーコングへの印象がガラっと変わった。
わたしはドンキーコング(以下ドンキー)が嫌いだった。

なぜなら、実生活でバナナの皮で足を滑らせ、あやうく地面に頭を強打しかけた経験が三回あるからだ。
バナナの皮がもつ驚異的な足をすくうパワーを体験しているから、相手を滑らせるためにバナナの皮を投げまくる危険なゴリラを敵対視していた。

しかし よくよく考えるとバナナの皮をポイっとするキャラはドンキーだけではない。マリオカートでは全キャラがバナナの皮を投げていたし、わたしも「クルクルまわるがいい」と嬉々として放り投げていた。
「ゴリラだからバナナ」という勝手なイメージでドンキー一匹だけを集中的に憎んで申し訳なかったと思う。

それはさておき、わたしはずっとドンキーをよくバナナを食べ、よくバナナの皮を投げるバナナ中毒の要注意ゴリラと決めつけていた。
でも本作のドンキーはバナナの狂気に踊らされておらず、ただのかわいいいやんちゃゴリラだった。

初登場はマリオとの空中バトル。
ドンキーは明らかに自分より非力なマリオに対して容赦なくゴリラパンチをお見舞いしすぎる乱暴者だが、
バトルドームを360度うめつくすコング族におだてられて調子にのりまくる様子があほかわいいから憎めない。

マリオとのバトルに決着がついたあとは、ドンキーパパに失望されるなどの挫折を味わい、替え玉のごとくやってきたピンチも味わってから、
「マリオ。お前は良きライバル。共に戦おうぜ」
という感じのゴール地点で胸熱が手を振っている王道ストーリーがテンポよくすすむ。

短時間でお調子者の乱暴ゴリラから、
ここぞという時には頼れるゴリラに成長したドンキー。
わたしはもう完全にドンキーを許していた(なにもされていないけど)

「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」はわたしをドンキーコング推しに昇華させてくれた素晴らしい映画だ。

#エッセイ


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