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私は何になりたかったんだろう

私はどんな人間になりたかったんだろうか?と、中学生か高校生が考えるようなことを、ふとしたきっかけでやっとのことで思い始めた。
現在、私は一応物書きのようなスタンスにある。あるというか、実際詩を書いたり、絵本を作ったり、小説を連載したりして暮らしている。しかし、その殆どは自費なので物を書くことは趣味です。と、表現した方がより正確というか、実際的でもある。
現実には、どうも自分の活動は単なる趣味の範疇をいささか超えてしまっているのと、それに自費出版では確かにあるのだが、本を一度出版した場合、それは30冊から100冊くらいは知らない人に売れている。確かに部数としては少ないのだが、要するにたとえてみれば、ライブハウスを借りてソロで歌うと、その位のお客さまは今のところ入るというような状態でもある。
ただ、じゃあコレが私の生きたかった人生かというと、それは実は、当初のつまり、本当に学生だった頃の予定というか、夢とは全く違うのだ。
私は、ありていに言えば小学生中学生時代は、美術系の高校に入学して、適当なデザイン関係の仕事に就いてそしてディンクス共働きで、犬一匹と暮らしてゆくのが将来の夢だったのである。
ところが、母親がコレに強硬に反対したこと。結果的に受験高に入学させられてしまい、しかもそこでとんでもない陰湿ないじめに遭ったりした事で、私の人生計画は全く違った方向へ走り始めたのだ。
結果として、20年近い引きこもり時期をこえて、私は物を書き始めた。
しかし。今振り返って、しかしじゃあ母親が美術系の高校へすんなり行かせてくれていたら、現在の私はなかったかというと、それはどうもよく分からない。仕事というのは、究極コミュニケーションの持ち方であり、それがものすごく不得手だった自分のままで、デザイン関係の仕事がたとえ能力として身についたとしても、あの頃の私に、インテリアコーディネーターなり、テキスタイルデザイナーなり、装丁家なりが務まっていたかというと、何だかものすごくあやしいのだ。そもそも、母は大変な曲者ではあったけれども、その母を自分の進路なのに変更を説得できていない時点で、人間との交渉力にはなはだ欠けている。
話を元に戻そう。私はどんな人間になりたかったのだろう?というよりも、今現在の私は、どんな人になりたいんだろうか?
まずは、いろんな過去の恨み辛みを吐き出してしまわないと答えは出ない気がする。というか、そういう事柄を、そもそも現在の私は仕事にしてしまったのではないだろうか。
でもただ永遠の愚痴を綴っている作家は飽きられる。
私はやはり、何らかの希望を書きたい、そういう作家になりたいのだと思うけれども、まだ答えは出ていない。

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