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【詩】八月の雨

くらい蒸し暑い午後に
男のことを考えるのに飽きて
ぶらぶらと生姜焼き定食を食べに出かけた
髪がほつれた女店主はいつものようにメニューを省略した
冷蔵庫から出したレタスをそのままちぎっている
皿に盛られたプチトマトは熟しきっている
私の胸は洋梨のようだ
ひとまわり大きくなった臀部を
喫茶店の凹んだソファーに下ろし
皺の寄った豚肉に男を復讐するかのように白い歯を立てた
あれは今頃
もっとほそい首すじをした
きゅっとウエストの締まった女の腰に手を回している
サラダをフォークでつつく私の手は
水仕事で荒れている
アイスコーヒーにシロップと濃いミルクをとぽとぽと注いで
一気に飲み干した
千円札をレジに出すと
かさついた掌に載ったお釣りは
青白い百円玉ひとつと
黄色くひかる十円玉むっつだった
店の奥からは歌声喫茶のコーラスが響いていた
女店主の疲れた顔に
ああはならない
けして私は
と思いながらメールをまた確認した
あの子がドーナッツを作ってきてくれたよと
まるで八歳児のように絵文字をずうずうしく末尾につけている
卵巣の傷んだ腹を
抱きかかえるように帰路の傘をひらいた
返信しよう
歩き出したらすぐに
その女は利用しなさいと
甘やかすように駄々をこねないように





                   詩集「スパイラル」
                    モノクローム・プロジェクト刊
                       2017/4/10

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