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お仕事前のこばなし

先日、通勤しているときのこと。
職場でトラブルがあったとのことで、いつもより早い時間に最寄り駅に着き、電車を降りて改札に向かっていました。

ふと横をみると白杖をついて歩いている年配の男性。
同行者はなくおひとりで、かしゃ、かしゃと白杖を左右交互につきながら点字ブロックの上を歩いています。

以前の仕事で、視覚障がいのある方と関わることがあって一緒に歩行の練習をしたり、あるいは私自身が研修で実際に白杖を使って歩いたりしたことがありました。
視覚のない(アイマスクをして)世界は、見えることが当たり前の世界を生きてきた自分にとって未知のものでした。

自分は今、どこに立っているのか。足を一歩踏み出した場所はどうなっているのか。自分のすぐ横を人が通り過ぎるだけでビクッとしてしまいます。
眼で知ることができない代わりに、足の裏の感覚と白杖の先端の感覚に意識を向けて恐る恐る歩いていた記憶があります。

そのときの名残なのか、白杖をついている方や盲導犬を連れた方を見かけるとつい気にしてしまいます。

通り過ぎようとしたとき、その方がふと立ち止まりました。
どうしたのかな、と思ったら工事中の柵に触れだしたのです。手ですーっと撫でてみたり、ぽんぽんとしたり。その柵は今度ホームドアが設置される場所に立てられたものです。

あ、いつのまにこんなものがあったのかと、仕事の時には毎日使う駅なのに何も気に留めていなかったわたし。汗

これはなんだろう?といった様子で柵に触れ続けていると、上りと下りの電車がほぼ同刻に駅のホームを通り過ぎていきました。すると男性は立ち止まり、風の吹く方向や音の消えゆく方向に気を向けていて、今この瞬間の世界を感じ取っているように見えました。

柵のことをお教えしたほうがよいのかな。いや、余計なお節介かしら。改札を出るときに駅員さんに直接尋ねられるかもしれないし・・・なんて思考がぐるぐる駆け巡った挙句・・・

話しかけてみました。

「すみません。(えーっとなんて言おう…)あの、駅の改札へ向かっていらっしゃいますか?」
と平静を装って尋ねてみると

「いえ、あれは(柵)なんだろうなと思っていて」

ホームドア設置の工事が始まっていて、今は仮の柵が部分的に立てられていますよという旨のお話をしたあと

「そうでしたか。ありがとうございます」

「すみませんが、写真を撮ってもらえませんか?」

「さっきの柵ですか?」

「はい」

撮った写真はどうするのだろう。弱視の方であとでご自身で見られるのかな?それともご家族や支援者の方に見てもらうのかなとか色々思いつつ、かばんの中から取り出した携帯電話を受け取り、パシャっと写真を一枚。

「ありがとうございます😊」

と笑顔でお礼を言われ、なんだか頬が赤らむのを感じつつも男性とお別れし、改札に向かって歩き出しました。

ふぅー・・・ちょっと緊張した。
でも。
なんかちょこっとは役に立てた、のかな。

なんて、このときのわたしはそう、大人の手伝いをして褒められたときの幼子みたいにはにかみながら職場へ向かったのでした。


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