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漂流(第三章⑧)

第三章

8.
病室のベッドで上半身だけを起こし、痛みがあるのか時折顔をしかめながら慎太郎の独白は続いた。
「その場から走り去った私達は、事故の後処理を考えた。土砂降りが幸いし目撃者は恐らくいない。そして雨が証拠も洗い流してくれる。しかし警察が本気で捜査をすれば、いずれ該当車両を割り出すだろう。それは公安任務遂行の大きな妨げになってしまう。私は当時の上長である警視庁副総監へ事故についての報告を入れた。」
光男は意外と冷静だった。ずっと知りたかった真実。やっとそれが明らかになる。怒りよりも興味の方が大きかった。自らの心に長い間棲みついていた母の死の真相に対する思い。皮肉にもそれが融かされ、まるで他人事の様に聞き入ってしまっていた。
「正直、この時はもう全て終わらせるつもりでいた。出世だけを考えて生きてきたが、この辺がもう限界だった。やっと楽になれる。しかし現実はそれ程甘くはなかった。上長から全てを隠蔽する様に指示された。彼はいずれ警察官僚のトップになる人間。その経歴に傷一つ付ける訳にはいかない。その為に私にも全力で事故の痕跡を消す様厳しく念を押された。」
光男は今回の件で、警察組織についても詳しく調べたが、つくづく闇の深い組織だと思った。隠蔽体質と言葉で言えば簡単だが、それが本当に徹底している。どんな小さな事柄でも把握し、常に組織内で共有される。それも上層部のみで。順調に思えた慎太郎のキャリアも、いつしかその深い闇に飲まれていったのかもしれない。
「その後私は、副総監の指示通り事故現場での痕跡を完璧に消した。と言っても恐らく副総監が手配したであろう謎の男が全て解決したと思う。突然現れ、全て任せろ、と言い残し事故車と共に消えていった。私が言うのも何だが警察組織とは恐ろしいと心底思ったよ。」
光男は複雑な思いでいた。慎太郎こそ母の仇と思っていた。勿論今も思っている。しかし同時に、彼も犠牲者ではないか?警察組織という巨大な大波に彼もただ流されてしまったのではないか?そんな光男の思いを察したのか、慎太郎が声色を変えた。
「それともう一つ、聡子と君の事だ。全てを隠蔽した私が何故、聡子に事故の件を打ち明けたか?それは君との接触を断つためだ。二人が一緒にいれば必ず事件の真相を探り出す。そうなれば君たちを危険な目に合わせてしまう。それだけは避けたかった。事故の当事者が自分の父親だとなれば、聡子の性格から君との接触は避けるだろう。併せて物理的に離れてしまえば安心だと考えたんだ。まあいつかはこんな日が来るとは思ってはいたがね。」
当時まだ15歳だった光男と聡子に、一体何が出来たのだろう?


第三章⑨に続く

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