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ジャズ私小説 Deep in a dream

川崎の路地裏にある小さな居酒屋に23歳から39歳まで通っていた。
カウンターとテーブルが1つの10人も入れば満席になる小さな居酒屋。
店主が愛するモダンジャズが心地よく流れ、安価で美味しく飲食できる、お店も清潔だ。
初めての馴染みの店、高齢の店主とも親しくなり色んな意味で安心して酒が飲めた。

馴染みの居酒屋があるだけで、なんだかとても大人になったような気がした。

気づいたら同級生の仲間達も常連になり、そのお店で知り合った人も増えて、飲みに行くと誰かしら知ってる人がいてたわいもない話をしながら酒を酌み交わした。
みんな良い人ばかりで、トランペットを吹いて充血した唇に冷たい酒が心地よかった。

だが幸せな時間は永遠には続かない、必ず終わりがあるものだ。
この居酒屋も店主の高齢を理由に閉店してしまった。
僕は16年通いつめた事になる、血気盛んな夢見がちな若者だった僕は現実主義のつまらない中年になり、その間に大きな病気も経験した。

その居酒屋は川崎の某アウトレット量販店の近隣にあったので、そのアウトレット量販店に買い物に行くついでに今はどうなっているのか覗きに行くのが習慣になっていた。

ある時は萌え系のガールズバーかなにかになっていて、最近はまた別のお店になっているようだ。

ただ僕は残念ながらあの扉を開けることができない、あの居酒屋が無くなってしまった事を認めたくない自己防衛本能が働いているのかもしれない。

その日も僕はアウトレットを覗いた後に、あの居酒屋があった線路沿いの路地裏を一人歩いていた。
すると閉店したはずのあの居酒屋の看板に火が灯されている、ガラス越しに店内を見るとカウンターに見たことのある顔が並び、ラガーシャツを着た店主がカウンターの中に立っているじゃないか。

たまらず駆け寄り扉を開けると店主の「いらっしゃい」という声と仲間たちの満面の笑顔が飛び込んでくる。

残念ながらその瞬間に目が覚めてしまった。

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