本は。

 深夜3時、眠いような気もするが、一向に眠れる気配がない。隣では旦那がいびきをかいて寝ている。気持ち良さそうでいいな。布団の中で眠れるように粘ってみたが、どうもだめだ。私は諦めて布団からでて、彼を起こさないよう忍び足で隣の部屋に向かった。ひんやりした空気、フローリングの冷たさが裸足に伝わってくる。昼は暖かいが夜は冷える。私は羽織ってきたカーディガンに袖をとおしながら足早に部屋に入った。電気をつけお気に入りの座椅子に腰かける。起こさないように というちょっとした緊張感から解放され ふっと息を吐く。すぐ横には本棚があり、入りきれず溢れた本達が近くで積み重なっている。その積まれた本達の間から1冊抜き取る。読み始めようとして「あ、どうせなら…。」私は台所に向かい、ココアをいれた。そしてその上にマシュマロを3つ浮かべる。小さい頃読んだ絵本で、怖い映画をみて眠れなくなった主人公がココアにマシュマロをのせて飲んでいるのをみて真似するようになったのだ。熱で徐々にマシュマロが溶け、ココアにやわらかく甘みを足していく。ひとくち飲むと暖かさと甘みを感じてじんわりと心地よくなった。マグカップを片手に部屋に戻り、机においた。読んでいるのは、ブタのぬいぐるみが動いて話して人々の悩みを解決していくというなんとも癒される物語だ。子どもの頃、大事にしていたくまのぬいぐるみにお話できるようになってくれと念じていたのを思い出す。

 本と思い出は繋がる。何度も同じ本を図書館で借りてくる私をみかねて、母が買ってくれた本。兄と一緒に読んだ本。父の本。社会人になって思いきって集めた好きな著者の本。友達からすすめられた本。授業中に読んでた本。旅行に持っていった本。自分を変えたくて買い漁った啓発本。本棚を眺める。1番上の段にある1冊の本に目が止まった。最近は手元の本ばかりみていたからずっとあったはずなのに懐かしく感じる。

思い出す。

思い出す。

この本を読んでた夏、吹奏楽部だった私は大会にでて緊張で派手にソロを間違えたっけ。高校時代の苦い思い出も一緒に思い出す。その苦さを和らげるため、ココアをのんだ。「甘い。」マシュマロがいつの間にか全て溶けていた。私はその本を手に取り、躊躇したが読み始めた。弱小演劇部が試練を乗り越えて成長する ありがちな話ではあるが、やっぱり好きだ。なんとなく一緒についてくる思い出のせいで読まずにいたが、本に罪はない。少し心が軽くなった。「どうかした?」ふいに声をかけられ、びくりと反応する。「もう驚かさないでよ。」「そんなにびっくりすると思わなかったから。」旦那は笑っていった。いや、本当は旦那なんかじゃない彼が笑っていった。「眠れなかったから本読んでただけだよ。」私もバレないように笑顔で答える。本は色々なことを思い出させる。私の失った記憶でさえも。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?