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短編小説0017不思議な話#008 狂った熟柿 後編/三部作 2263文字 3分半読

ほぼ一日拘束されたとは言え、三十万円の価値を生むような仕事はしていない。ただ荷物を運んだだけだ。こんな簡単な仕事で大金をもらっていいのか?ちょっと複雑に感じたが、でもこれで大家さんの柿が三十個買えるんだと、その喜びの方が徐々に大きくなってきて良太は嬉しくなってきた。
急いで大家さんの家に向かった。

亮太は稼いだ金全部を柿につぎ込んだ。三十個買ってアパートに帰り夢中でむさぼり食った。

「ふー。ああやっぱりうまい。最高だ・・・。十個くらい一気に食べてしまうな。残りは冷凍しておこう。一日の食べる量をコントロールしないと金がいくらあっても足りないな。それにしても高い柿だ」

結局柿は二日で全て食べ尽くした。
また大家さんの仕事をしないといけない。
亮太は大家さんをたずねた。

「またバイトやらせていただきたいのですが・・・。次はいつ入れますでしょうか?」
「うーん、そうですね、うちの仕事は不定期だから何とも言えないんだよね。あ、ちょっと給料下がるけどやり方次第では儲かるからそっちやってみる?」
「はい、ぜひ」

今度はある雑居ビルの一室に行けとのことなので行ってみる。
仕事内容は、サプリメントの電話営業だ。
これは亮太が夢中になっている柿の成分が入ったもので、いわゆる健康食品的なものだ。

一日何百件も電話して、一件か二件アポが取れたらサプリメント営業に直接訪問するというものだ。少し商品紹介をしてサンプルを渡すのが大まかな流れだ。後日気に入れば契約してもらう。給料は出来高制だが、これが不思議とアポが取れたところはほぼ100%契約が取れるのだ。
あれよあれよと売り上げは伸び、自分が営業しないところで、お客さんがお客さんを紹介する形での広がりもあり、加速度的に顧客が増えていった。
初めはきつい仕事だと感じたが、やればやるほど歩合が取れ、徐々にやりがいを感じつつあった。

いつの間にか月収百万円を超えるまでの優秀な営業マンになった。
亮太は自信がついた。

「大家さんのような素晴らしい人に出会い、俺は天職を手に入れた。これも本当に不思議な縁のお陰だ。人との出会いが本当に楽しい。俺が売っているサプリメントも素晴らしい商品だ。もっともっと広めたい!」

亮太は親にも告げずに大学を辞め、友達関係を絶ち、サプリメント販売に情熱を傾け、二十歳そこそこでこの仕事に人生をかけると決めた。
大家さんから買っていた熟柿はなくなってしまった。だから亮太自身もサプリメントの愛飲者となり、月十万円のスペシャルコース十セット合計百万円を購入、毎月の給料を全て注ぎこんでいる。それでは生活費が無くなってしまうではないかと思いきや、自ら購入したものに付いてくる歩合が20%あるので、二十万円は生活費に回せている。


サプリメントの原料は柿だ。
ただし普通の柿ではなく、特別に品種改良したもので、完熟すると常用性・中毒性のある成分が生成される特別なものだ。
あからさまに違法な薬や大麻を売っているのではないので、柿であればまず警察や当局に怪しまれない。
また客に対しても自分が薬物中毒になっているなどとは気づかない。熟した柿を食べているだけなんだから。
万が一、おかしいと自分で気付いたとしても、自力でこの熟した柿を絶つことなどできるはずがない。
一般的に、柿は別に何の変哲もない普通の食べ物だ。秋から冬の間はどこのスーパーでもザラに見られる。老若男女普通に食べられているポピュラーな果物だ。安いし。
だからこの特別な完熟柿サプリメントとスーパーの柿を比べて納得するのだ。

「俺は全然大丈夫だ」と。

亮太は、なぜかわからないが柿が食べたくて、食べたくてたまらなくなりこう思った。

「俺は単に柿を食べているだけだ。皆も普通に食ってるじゃないか。何もおかしいことはない。俺は特別に柿が好きな体質になってしまったんだ。ただそれだけだ。大家さんの柿のファンになっただけだ」

そうだ「俺は全然大丈夫だ」



実はこの柿は大家さんの庭にある大きな柿の木のものではない。大家さんの柿は普通の品種で普通に美味しいだけ。
品種改良された柿は、和歌山のある農家で作っており、それを広島のある場所へ直送し、完熟させ特別な成分だけを抽出し、濃縮し、粉末状にしたものを更に神奈川県の工場で加工し、サプリメントとして全国販売している。
サプリメントは完熟柿一個から数十個分のサプリを作っているので、依存性のある成分は当然薄まる。だが、成分は少なからず残る。興奮作用もあり、ある程度元気になる感じを摂取者に自覚させる。この絶妙な匙加減が熱狂的なリピータを作るのだ。
本来、亮太のように完熟柿を毎日十個とか食べるのは危険すぎるが、このビジネスの大元締めの大家は実験を兼ねて亮太の要求する通りに、金が許す限り与えてみた。
精神がおかしくなるとか、身体に異常をきたすとかそういった極端な反応は見られず、ただ依存性だけはしっかり継続する事に大家は笑いが止まらなかった。この完熟柿成分をどんなものでも混ぜれば人は辞められないとわかったから。

しょせんサプリメントなど、何の効果があるのかわからず摂取している人間が殆どだろう。
「身体に良い」と言われれば例え、実は中身はただの水道水であっても調子が良くなってくるのが人間だ。ましてやこの完熟柿サプリは元気が出る。本物だ。依存的な成分がある、つまり体が欲しているのだから、身体にいいと勘違いして買い続ける。

得体の知れない成分入りの熟成柿とは知らずに。

無自覚で盲目的に信じていることは、実は何かを蝕んでいることかもしれない。



おしまい

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