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腱板断裂だってわかるまで、軽く鬱みたかったな

腱板断裂ネタが続くちぢみです。

タイトル通り、鬱っぽかったなって思い出しているところです。

鬱というより、ワタシを取り囲んでいたのは、

無能感

という感覚でした。有能感の反対の気持ちです。
毎日、自分を有能って評価して暮らしている人も少ないと思うから、
有能だとか無能だとかって、意識しないで過ごせることが大前提にあるんじゃないかなぁ。で、たまに「やればできる。よくやったぜ、ワタシ!」なんて自画自賛をして、誇らしくなったりすることが、幸せミストになる。

それが日常だとしたら、肩が痛いっていうだけで無能感に襲われていたわけですから、辛かったねちぢみ!! でした。

小さな子供でもできそうな行為に「テーブル拭き」がありませんか?
食べこぼしを拾うとかの高度な作業は後だけど、ただ、拭く。
じつは、あの動きって、肩のインナーマッスルを使ってるんですww
だから、ワタシの場合、かなり最初のころから痛くてできないの。
だから当然、拭き掃除もお風呂掃除もできない。
ただの五十肩だと思ってるころです。もしかしたら、この頃はまだ腱板も断裂してくて、損傷ってレベルだったかもしれないなぁ。
さすがに、日常が回せなくなってきてて、焦りも出てた。

周りに「やべー、きたよ五十肩!」 と吹聴してまわっていたワタシ。
あそこの整体、こっちのマッサージ、あそこの鍼灸と、聞きつけたところは全部行きました。計算してないけど、相当使い込んだw
「そのうち、ある日、突然、治ってるもんよね」
これ、何度言われたか。
なんなら、整体とか行かない人の方が早く治るよ、とかも言われて、無駄にお金かけてるって言われた気になったりとかさ。なにこの損してる気分! 


ワタシには、夫の仕事の繁忙期だけ手伝うっていう大きな任務があるんだけど、痛すぎて辛すぎて、我慢が出来なくなったんです。
「もうできない! 痛すぎてもう手伝えない!」 って、宣言したのが、2022年の年末。1年半は痛くてもやってたんだけど、ある日、もうどうやっても肩を動かしたくないっていう状況になって……

温厚な夫も、「はぁぁぁぁぁぁ?」 ってなってた。そりゃそうよね。
たとえば、生まれたばかりの子供を育てているある日、パートナーに
「もうやだ。できない。」って言われたら、離婚考えるよねw 
だけど、もう私も限界だった。
2022年って、ワタシにはとっても色んなことがあって……
2022年の6月、同居の父が脳梗塞になって介護3。
病院から老人保健施設でリハビリを受けていたんだけど、老人保健施設っていうのは、帰宅への帰宅が前提で入る施設なので、帰宅するわけです。
年明けから父の介護が始まるっていうタイミングでもありました。

こんなに肩が痛いのに、介護なんてできっこない、したくない。
そう言うんだけど、ケアマネさんをはじめ、親戚も夫も妹も、
「五十肩くらいでそういわれてもねぇ」っていう反応をしているようにしか見えない。
「親不孝だな・わがままだな・介護がしたくないんだろ・逃げてるんだろ」
って思われているような気がするわけ。実際は言われてないのにね。

たいがいのことは、すぐ忘れちゃって、お気楽な性格なのに、
介護するんだっていう現実が、忘れられない。あなたしかやれる人いないんですよ、って言われた言葉が忘れられない。
なんなら、言われたことを咀嚼しすぎて、さらに脳の中で発酵し始めちゃった。で、その発酵に酔ったかのように、思考が定まらない。
ただ、肩が痛いだけなのに、繰り返される自己否定感と無能感。


原因不明とか、難病とか、そんなんじゃないのに、
自分の身体が思うように動かない。気持ちが動かない。
周りの期待を裏切っている。期待があることが辛い。
逃げたいと思ってないのに、結果逃げてる。
さぼってないのにサボってる気がする。
周りは許してくれているのに自分で自分を赦せない。
たかが五十肩なのにっていう気持ちが、消えない。


あのころの無能感を言語化するとこんなかな? 
。。。_| ̄|○ガクっと激しい段差に落ちた感覚ではなく、
氷が溶けるような、ゆっくりの速度で失った有能感だったかなぁ。
もう1670文字も書いてしまいました。
なので、この続きはまた後日。



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