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我が家では笑撃の出来事だった

 とある水曜日の昼下がり、大きな物音と共に、かみさんがデイサービスから帰って来た。デイサービスの送迎に使う車、利用者を一人、また一人と降ろして行って、きっと一番重たい利用者である我が家のかみさんを降ろすと、それまで頑張って支えていたタイヤたちも、ほっと気を抜いたのか、気持ち元に戻ってしまう。そして、つられるように車高も幾分高くなったであろう。ただ残念なことに、それらの気持ち的変化には誰も気がつかない。待ち構えるは我が家の駐車場の奥に聳える軒高実測218センチの庇、まるでチョモランマを目指す田部井淳子よろしく、その魔の駐車場で転回を試みようとする女性運転手、その運命や如何に。。
 後方から響く異音と何かに押さえつけられるような衝撃、潜れない庇を潜ってしまった瞬間であったろう。この送迎車と庇の昼下がりの決闘、恐らく30年の長きに渡り風雪に揉まれた庇と、まだ走り始めて間もないピカピカの送迎車、勝敗の行方は言うまでもなく、老練な我が家の庇の勝利、あまりにも古すぎて錆びて曲がって、当たったのかどうかすら判然とせず、何事もなかったように堂々とした風格のままに聳え佇んでいる。それに引き替え、新車両はというと、みごとに天井後方がベコベコ状態になって、申し訳ない限りの有様に、さあこれからが騒ぎの始まりだ。
 慌てた運転手が申し訳なさそうに、かみさんに頭をさげたと言う。恐縮至極である。まだ職場で仕事をしている私にも子供から一報が入る。家なんてオンボロの借家、少々壊れても気がつかないのだから、先方の車を心配してやるように伝えてやった。その日の夕方に、デイサービスからお詫びと現地の確認に来て、更に翌朝、これでもかと言う程に低姿勢な上司と思しき人が謝りに来てくれた。いえいえ、もう本当に大したことないから、さ、さ頭をあげて下さいと言う感じだった。
 ただ、一つ気になって仕方ないことがあって、その上司と思しき人が何度も、それは何度も「お父さん、申し訳ありませんでした」「お父さん、迷惑をおかけしました」と、聞き間違いではなく、お父さんと言うのだ。朝の忙しい時間帯でもあったので、少しの違和感を飲み込んだまま、家に戻るものの、ジワジワと湧き上がる違和感。むむっ、お父さんって誰のお父さんのことだ。デイサービスに行って、とてもとてもお世話になっているのは、私のかみさんで、ぶつけた時にたまたま居合わせたのは子供だけど、状況からすると、利用者であるかみさんの続き柄からの「お父さん」ということは、一世代飛び越えてるやん。こんな失礼なことはないわ。車と庇の勝敗なんかどうでもいいわ。問題はこの「お父さん」やないか。子供らを捕まえて、斯く斯く然々と事情を話すと、大笑い。その白髪頭見て、爺いちゃんに間違われたんやわと、子供らからも揶揄われる始末、このー、あやつ許さんなどとほざきながら、テンション低めで仕事に向かう。
 釈然としないまま、一日の仕事を終えて帰宅。車庫の庇を見上げながら、よう頑張ったなと、ため息一つ。ただいまと玄関に入り、昇降機を跨いで、居間に入ると、夕食前だと言うのに、高級そうな菓子を頰ばるかみさんと子供ら、「これ持って来てくれたよ。こんなことせんでいいにな」と次男。「爺ちゃんに間違えたお詫びやわ」と長男、やれやれの我が家らしい団欒、もう爺ちゃんでも父さんでも何でもいいわ。
 以上、お後がよろしければ、これにて一件落着ということで、今後ともお気遣いなきよう、よろしくお願いします。
 2016年11月吉日 利用者のお父さん?より

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