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あのときのセックス、ムリしてなかった?

「本当はしたくなかったけれど、相手の機嫌が悪くなるのが怖かったから」
「断ったのに聞いてくれなかったから」
「イヤだと強く言ったら嫌われると思ったから」

性暴力の被害者のケアに携わる臨床心理士、斎藤梓先生の元には、全国からさまざまな声が寄せられる。中でも多いのが、友人や上司、部下、パートナーといった「身近な人」から性暴力を受けているという相談だ。

令和2年の内閣府の調査によると、性被害のうち約7割が「顔見知り・パートナー」から受けた被害。一方、たとえ相手の行為がイヤだと感じても「自分が性被害を受けた」ことに気付いていない人がたくさんいる、と斎藤先生は指摘する。

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なぜ、知っている人から性暴力を受けやすいのか?なぜ性被害を認識しにくい現状があるのか?詳しく聞いた。

■この前、実はイヤだったんじゃない?


ーーなぜ「身近な人」からの性暴力が多いのでしょうか?

性暴力って、知らない人に突然襲われるみたいなイメージがありますよね。

確かにそういった被害も多いんですが、普通、性的な行為をするには、2人きりになって、人のいないところに相手を連れて行って…みたいに、相手とある程度の時間を共有する必要があるんです。そうなると、顔見知りやパートナーからの被害にあいやすい側面もあります。

性暴力が起きやすい状況で特に多いのが、加害者が被害者に力関係を作り出していって、被害者が抵抗したり拒否したりすることが難しい関係性に持ち込んでしまうことです。


ーー就職活動中の女子大学生が、OB訪問先の相手から性的被害を受けた事件もありました。

就職活動中の事件で多いのは「そんなんじゃ就活うまくいかないよ」とか「こんなエントリーシートはダメだよ」と言って、加害者が立場の弱い被害者をけなしたり、「自分は人事に顔が聞く」とか、自分の権威を高める発言をしたりする。そうすると被害者としては断りづらくなっていきます。

顔見知りからの被害では、被害者が「嫌です」「気分じゃない」と言っても、加害者がすごくしつこく説得してくる場合が多いんですよね。カラオケだけでも、とか言って。

カラオケは密室ですし、死角にもなっているから、突然肩を抱かれたりキスをされたりして断りきれずそのまま家まで…となったりとか。被害者が徐々に罠にはめられていくケースもあります。


ーー「断れなかった」「強く拒否できなかった」といった思いが残ると、相手に対する怒りや嫌悪感、性暴力を受けたこと自体を我慢してしまう人も多そうです。

そうなんです。実際、自分が性暴力を受けたと認識できなかった人はすごく多くて。友人同士や上司と部下など、元々の関係性があると気付きにくいですね。

子どもが被害者の場合には、加害者が言葉巧みに子どもたちに近づき、加害をすることが多いです。暴力を振るわれていないから、子どもはそれが被害だと気が付きにくい。そもそも子どもは「性的行為」が分からない場合もあります。

パートナー同士でも友人同士でも、相手の意思や感情を尊重しない性的言動はすべて性暴力です。ただ難しいのは、同意を確認しているように見えても、実際には力関係によって逃げ道が塞がれているだけということもあること。

加害者たちはみな巧妙なので、相手の人間関係に影響を及ぼす力を自分は持っているということを会話の端々に匂わせて、力関係を生み出そうとしてくる。でも一番大切なのはあなたの体であり、あなたの気持ちです。それを尊重しない人からは離れた方がいい

■あのときイヤだったことを、体は覚えてる


ーー「あの時されたのは性暴力だった」と、自分の被害に後から気付くこともあるんでしょうか?

自分の力で気付くというよりは、誰かに相談して「それは被害だよ」と言われてはじめて、自分の被害に納得できる人が多いです。

また結構あるのが、大学の授業で性被害の話を聞いたり、本で読んだりして自分の体験に気付いた人。あとは、とうとう心身のバランスが崩れて、どうにもならず医療機関を受診したときに「それは被害ですよ」と言われたとか。

以前、性被害にあった方々への聞き取り調査をしたとき、何人かが「セクハラには気付いた」っていうんですよ。でも、自分が性暴力を受けていることはわからなかった。

それはなぜかと聞くと、セクハラに関する情報は世の中にいっぱいあるからなんです。

学校や会社でも周知されやすく、本やネットでも出てるから「自分の身に起きたことはセクハラだ」とわかるというんですね。情報に触れられる環境があることは大事だなと思います。

性暴力を受けたことを誰かに相談した時「あなたも悪かったんじゃない」とか「よくあることだよ」と言われると、そこで認識が止まってしまいます。そこから被害だと気づくまで、また10年、20年とかかってしまう…


ーー性暴力を受けたあと、被害者の体や心、生活に何か変化は起こりますか?

体の反応でいうと「眠れない」「食欲がない」という人が多いです。あとは過呼吸や、元々偏頭痛持ちの人は頭痛が酷くなったり、お腹が痛くなったりとか。

若年層だと被害のつらさを言葉で表すことができない方が多いため、そこから摂食障害になったり、リストカットを始めたりすることがたくさんいます。もっと小さい子どもだと癇癪を起こすといった、行動で症状を表すことが多いです。

気持ちの反応としては「フラッシュバック」とか「悪夢を見る」とか「被害にあった時のことを思い出させる物を見ると苦しくなる」といったわかりやすい反応もある一方で、「集中力が落ちる」とか「なんとなく抑うつ的になる」とか、情緒不安定になったり死にたいと思ったりと、一見、事件と関係がないように見える反応も出ます。

あと何より、被害の前と後で考え方が変わってしまう。

他人を信用できない、何よりも自分を信用できない、自分を大切にできない。

モノのように扱われ、自分の意思を尊重されなかったことで、自分は大切にされる人間じゃないんだという感覚が常に付きまとう。自分が弱くて、汚い感じがしたり。自暴自棄になって不特定多数の人とのセックスをしたり、金銭の発生するセックスをしたり。逆に自分が性加害をすることもあります。


ーーそういった症状や変化は、被害のあとすぐに起こる?

すぐ起こる人もいるけれど、はじめのうちは頑張って生活しているために、そうした状態が現れない人もいます。

でもとうとう頑張りきれなくなって、耐えられなくなった時に、いろいろな症状が出る。感情が麻痺したり、被害の記憶を閉じ込めてしまったり……被害については覚えていないのに、体調だけが悪いということもあります。

ーー自分の価値観や精神状態が根本から変わってしまった状態から、どのように回復に向かっていく方が多いのでしょうか?

回復に向かうタイミングも方法も人それぞれです。専門家から適切なケアを受けて回復していく方ももちろんいらっしゃいますし、専門的なケアを受けなくともスムーズに回復していく方もいる。一方で10年、20年とずっとつらい状態が続く人もいます。

友達やパートナーに話して受け止めてもらって回復した人もいますし、自分で本を読んで自分の状態を理解して、状態が安定していく人もいます。

回復されていく方の共通点は、自分の身に起こったことを受け止めて、自分は悪くなかったんだと理解したこと。

専門的な支援を受ける受けないにかかわらず、どの道をたどっても、その人が傷つきから回復して行けるならばよいと思いますが、専門家としては、支援を必要とするすべての人が適切な支援を受けられる社会になるよう、努めなければならないと思っています。

■加害者はそれを暴力だと思ってない


ーー性暴力は相手の人生を深く傷つける行為だということを、加害者はどのくらい理解しているのでしょうか?

相手の意思を無視する性的な言動は、相手を死にたい気持ちにさせるくらい残酷なことです。なのに性暴力はあまりにも社会の中にあふれて、ありふれている。

被害者と加害者の間に大きな認識のギャップがあると思うんです。だいたいにおいて、加害者はその出来事をただのセックスだと思っている場合も多い。でも被害者にとってそれは暴力です。そういう加害者の認識のゆがみが、顔見知りやパートナー間で多いように感じています。

私が調べたデータによると、女性被害者の場合は加害者の9割以上は男性です。もちろん、被害者が女性で加害者も女性、という被害もあります。

男性被害者の場合はだいたい4割〜6割は男性が加害者で、2割〜3割は女性が加害者。世間が思うより、男性の被害者も、女性の加害者も多いんです。

調査の結果、男性の場合は暴力を振るわれた被害でないと、被害を人に相談しにくいという傾向があります。

そのため、ほとんどの被害について相談できていないのではないかと思います。その背景には「男性が性被害にあうわけがない」「あっても抵抗できるはずだ」といった男性への性暴力に対する誤った理解があると考えられます。


ーー性暴力に対する認識のギャップや、コミュニケーションの行き違いはなぜ起こるのでしょう?

社会全体の性暴力に対するイメージがすごく狭いんです。だから、被害を受けている自分も相手も、周りの人も気がつかない。まさかこれが被害なんて、まさか自分が相手を傷つけているなんて、と思ってしまいやすいんです。

「レイプ神話」のような、レイプに関する社会的な偏見も原因の1つだと思います。たとえば「女性が男性と2人でお酒を飲みにいくのは、その後何があってもいいと思っている」とか。

そういう偏見があると、被害を受けても、男性と2人でお酒を飲んだ自分が悪いんじゃないかとか、露出の多い服を着た自分が悪いんじゃないかとかと思ってしまい、被害だと認識しづらくなります

一番大切なのは、「自分の体は自分のもの」で「性的な行為は、自分がいつどこで誰とするかを決めていい」ということ。それを無視して相手が何かをしてきたら、それは性暴力だと伝えることです。

■私が本当にしたい人は誰?

ーー性に関することを口に出したり、セックスへの同意や「ノー」を相手に伝えたりすることに、恥ずかしさや不安を感じる人も多いと思います。そういった抵抗感はどう乗り越えていったらいいのでしょうか?

恥ずかしいのも不安なのもわかります。特に断る練習は必要ですよね。セックスに誘われた時「嫌だ」って言うのってすごく難しい。

私がよく例え話に出すのは、友達同士でご飯にいく時。誰かが「ラーメン屋さん行きたい」って言ったとする。もし、その時自分はいまラーメンの気分じゃないなって思ったら、今日は違う気分なんだって言うじゃないですか。そうしたら、あなたを尊重してくれる友達とかパートナーなら、じゃあ別のものにしようかって言ってくれるはずじゃないですか。

もし相手がどうしてもラーメンを食べたくて、すごくアピールして、あなたが仕方なくOKしたとしても、表情や語調であなたがいやいや応じていることを察したら普通は引いてくれる。

ラーメン食べたくないって言っている人をお店に無理やり連れていくって、友人やパートナーとしてどうなんだろう? って思うじゃないですか。それと同じです。

性に関することってとても言葉にしづらいですけれど、あなたの気持ちを気にしてくれない相手、断ってうまくいかなくなったり壊れたりしてしまう関係だったら、ちょっと立ち止まって考えることも必要だと思います。

対等な関係性というのは「お互いが理解していて」「お互いがノーと言ってもなんの不利益もなくて」「安心して嫌とかいいよと言い合える」関係性のことです。

そういった関係性であれば、直接NOを言わなくても「今日はちょっと」とか「今日は帰ろうよ」という形でも伝わるはずです。

何度もいいますが、何より大事なことはあなたの気持ちです。あなたのことを大切に思ってくれる人ならば、あなたの気持ちを無視するようなことはしないはずです。

取材・執筆:EN Mami 編集:坪井遥

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2021/4/29
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