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翻訳関係を2冊

 プロの文芸翻訳家がその経験を語ったりコツを伝授する、翻訳関係の本が、気がつけばわりと出ている。また英語教育的なものと結びつける意図なのか、翻訳家が「日本人がゼッタイ間違える英文」みたいなのを書いたりしている。その方面に今まであまり興味がなかったのだけど、最近になってつづけて2冊読んでみた。その感想をメモ。

■柴田元幸『翻訳教室』朝日文庫
 これは柴田先生が東大で教えていたころ、文学部でやった授業を収録したもの。先生と学生たちのやりとりがそのまま再現されている。(ということは録音していたということか。そういう場合、著作権はどうなるのかな。)
 具体的な課題について細かく討論している。「hipはお尻ではなくて腰です」みたいに細かい。学期の途中で村上春樹の訳者ジェイ・ルービンが、別の日には村上春樹が、ゲストで登場する回があった。特に村上春樹は学生にはサプライズだったようで、教室がどよめく様子が楽しい。村上は「小説と翻訳をやるのは塩せんべい食べて次にチョコレートを食べるみたいなもの」なんて言っている。
 柴田先生は実にフェアな人だと思う。人柄にじとっとしたところがなく、あくまでも理知的でさらさらとしている。こういう人はハラスメントとは無縁だろうな。学生はしあわせだ。

■片岡義男、鴻巣友希子『翻訳問答』左右社
 「翻訳○○」みたいに似たような題名の本が増えてくる。これは片岡義男の方が持ちかけた話なんだろうか、同じ英語の小説の一節を二人が訳して見せ合うという趣向。どっちが良いというのではなく、「あなたはこういう取り方をしたんですね」というようなコメントの仕方をしている。
 片岡さんはバイリンガルの強みを感じさせる。英語をそのまま受け取ることができている。それと小説家でもあるので、「ここらへんは原文が下手」などと容赦なく言う。鴻巣さんはあくまで日本人翻訳家が職人的に訳しているという感じ。
 それにしても、いちおうルールを決めて始めたのに、ある回(カポーティ)は鴻巣さんが忙しかったのか課題を提出できておらず、「今回は片岡さんの翻訳についてわたしがインタビューします」などと言っている。別の回(ポー)では片岡さんが途中までしか訳していない。途中で嫌になったとのこと(笑)。

 こうして翻訳関係の本が次々に出るのは、翻訳家という存在が注目されるようになったということか。また自分でも翻訳してみたいと思う人が増えているのもあるだろう。いま英語教育ではやけにスピーキングが重視されているが、ちゃんと力をつけようと思ったらちゃんと英文を読むことが大事。翻訳が注目され、翻訳家が適正な敬意を持って扱われるのはいいことだと思う。


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