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吉沢久子『100歳の100の知恵』中央公論新社

きっかけは忘れたけれど図書館で借りた本。著者は昭和に活躍した家事評論家で、わたしも名前はよく見て知っている人だ。あまり期待しないで読んだ(すみません)せいか意外に好感を持った。100の項目を立てて、それぞれ1頁で短く説明する。その文章が存外いいのだ。気負わず、しかし、しっかりした実のある文章だ。

昭和から現代までの家事や料理の本の<文体>を研究したら面白いのではないか、とときどき思う。もともとこういう実務的な本はきびきびした文章で書くべきものだ。料理のレシピなんて、全部命令形で書くし、軍隊調(?)ではないか。余分なものなどいらない。本の文体もそれに合った簡潔なものであるべきだと思う。でも最近のレシピ本は雰囲気だけのふわふわした文章がまるで飾りのように書かれていて、ちっとも読む気がしない。読んでも中身がない。この傾向は1990年前後から特にひどくなったと思う。(実はわたし、料理本をよく買う人なんです。)

その点、感動的だったのは、ずいぶん昔の本だが桐島洋子の『聡明な女は料理がうまい』だった。無駄がまったくない凛とした文章だった。この吉沢久子の文章は桐島洋子よりもずっとおっとりしている(なにせ100歳だし)が、それでもしっかりした中身がある文章だ。

さて、この本の具体的な内容は、(1)自分で自分の機嫌を取って、自分をもてなそう。不機嫌に暮らしても面白くないぞ。(2)料理の話いろいろ。吉沢さんは食べることが大好きで、毎日おやつも欠かさないらしい。(3)ほがらかに生きよう。50代、60代は「下り坂」だけど、下りの景色を楽しもう。(4)「人間関係に深入りしない」「世間体は気にしない」「他人のプライドを傷つけない」などのコツ。押しつけがましくハウツーっぽく書いてないけど、ほんとだよねーと深く頷くことばかりだ。特に料理のパートは参考になった。大根そば、作ってみようかな。

ただ、この人が100歳まで戸建てでひとり暮らしができたのは、ご自身のお子さんはいないものの、近所に甥や姪がいて助けてくれるからのようだ。完全にひとりでは難しいだろう。ウィキを見ると2019年に101歳で亡くなっている。戦争の経験、親の介護、文芸評論家であった夫の世話(この時代の夫は家事などしないばかりか自分のこともできかねる人が多かった)、そして家事評論という新しい仕事の開拓。たいした人である。


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