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ラベンタ

「この子のラベンタはどんな子かしら」と生まれたばかりの娘を見つめた母親は呟いた。

『ラベンタは、ヒトに見つめられた時初めて生まれ、その瞳を開けます。生まれたラベンタは、初めて見たヒトを主人とし、主人の人柄を学んで育ちます。ラベンタは、主人と共に生き、生涯支えていきます。』


この国でラベンタを持たない人はいない。皆遅くても18歳までにはラベンタを持つ。ほとんどのラベンタは、幼年期には良き遊び相手となり思春期には仲の良い兄弟姉妹、友達のようになり、青年期からは主人が望む関係性を保ち、主人に必要な知識や能力を獲得している。
主人にとって、一番の理解者であり、欠点を補う役割も持ち、時には導いてくれる存在なのだと、ラベンタの開発者は言葉を残している。

ラベンタがここまで人間世界に浸透した理由の一つが、ラベンタが持たない性質の【能動性】のおかげだと思う。これに関連した有名な話がある。
町外れで診療所を開いた医者が、腕は良いがスタッフに恵まれず回転率が悪いことに悩んでいた。医者はラベンタに尋ねた。
「受け付けと会計、出来れば問診もやってくれないか?」
するとラベンタは
『それは出来ません。』と答えた。しかし続けて
『ですが、患者のラベンタと連携すれば日々の健康状態を知ることや来院時の予約、問診、診察後の会計など、出来ることがあります。そのためには、新たなネットワークを組む必要があるので通信部に申請と誓約を行ってください。必要な書類は………で、通信部に行った後は……………と……に行って必要な書類を提出して下さい。』と答えた。
これは雑誌に載っていた医者のインタビュー記事で、この新たに作られたネットワークの宣伝のために書かれたものを読んだのだ。
医者の話の後の記者のコメントで「あなたのラベンタはそんな風にお話されるんですね」と書かれていて、私も読みながらこのお医者様はきっと若い頃から猪突猛進で、思い立ったら行動せずにはいられない人なのだなと考えていた。
私がこの話をラベンタと縁遠い国の友達に話した時に、友達が「ラベンタが優れているんだから、その医者の能力も仕事もいつでもラベンタが持って行ってしまうんじゃないの?私、ラベンタが怖いわ」と言った。確かに、高い学習機能からそう思われるのも分かるが、私自身30年近くラベンタと共にして思うが、彼等は相談に対して傾聴や提案をすることはあっても、自ら他のラベンタや主人以外の人に働きかけることはまず無い。
彼等の世界は主人で在り、彼等の生き死には主人の生き死にで在るのだ。人は成人すれば金を得られなければ死に近付く恐怖を感じるが、彼等は生き死にに怯えることはしない。
ラベンタの運用を後押しした国家機関は、この運用で既婚率の増加や少子化の終止符、自殺者の減少を目論んだが、運用前後の50年をざっと見てもそれだけは目論みで終わっている。その目論みには成功しなかったが、国民の幸福度が上がったことで運用が止められることはなかった。ラベンタを連携して作ったネットワークでこの幸福度調査がされたことをその友達に言ったら、また怖がるだろうと思い話すのはやめておいた。

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