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いつかまた赤い傘の下で


*このお話はPJさんの短編を受けて書いたものです。
 先にそちらをお読みいただくと分かりやすいです。

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物心ついたころから、傘といえば赤ばかり買っていた。
赤い傘を開いて、その下のうっすら赤い空間に身を隠すと胸が苦しく甘くなる。
そんなふうに、苦しく甘い、と言語化できたのは中学生になった頃だった。
甘苦しい、この気持ちはきっと恋だ、と気が付いた。
でもなぜ赤い傘を差すだけでこんな気持ちになるのだろう。
傘の中でじっと目を閉じて考えてみる。
何かが見えそうな気がするが見えない。
何度も試してみる。
何度も。何度も。

あまり何度も試したので夢に見た。
私は夢の中でも赤い傘をさしていた。
雨が降っていた。
傘の下にいるのは私一人ではなかった。
だれ?
顔を上げて、相手がだれか確かめようとしたところで目が覚めた。
目が覚めたあと、いつもの甘い気持ちが残っていた。
ぼんやりと甘さの中に身を置きながら、いつもの苦しさがないなと思った。
毎晩眠る前に、赤い傘の夢をみますようにと神様に祈った。

祈りが届いてもう一度見た赤い傘の夢は苦しさだけの夢だった。
私は夢の中で赤い傘をさして泣いていた。
経験のない、号泣という泣き方だった。
激しいどしゃぶりの雨の中で、
傘をさしていても着物の裾が濡れていく。
草履も足袋もずぶぬれになっている。
目が覚めても私は泣いていた。
悲しくて苦しくて涙が止まらなかった。
泣きながら、着物姿の自分をぼんやりと思い浮かべ、
あの人はどこなの、と我知らずつぶやいた。

ある日、赤い傘を手に商店街を歩いていた。
雨が降っていてもいなくても、ほとんどの時、私は赤い傘を手にしていた。
よく晴れた日だった。
空は真っ青で、もこもことした平和な白い雲が浮かんでいる。
「走りなよ」
どこかから風のような声がした。
私は振り向いたが誰もいない。
周囲には私に話しかけそうな人は誰もいない。
でも耳の中にずっとその声が繰り返す。
「走りなよ」
私は高校生になって陸上部に入った。
走るのが速かったわけではない。
でもひたすら走った。

初めての陸上競技会の日がやってきた。
私は10キロに出場した。
走っているうちに、あんなに晴れていた空を灰色の雲が覆い、
ばらばらと雨が降り始めた。
あと少し。
競技は続行され、私はゴールを目指す。
ビリから二番目でゴールしようとしている私の先に虹がかかった。
雨はもうほとんど止みかけている。
虹を見ながらゴールを駆け抜け、倒れこみそうな私に陸上部の仲間が赤い傘を手渡してくれる。
みんな赤い傘を私のお守りだと思っているのだ。
「ありがとう」
足に力が戻り、私は赤い傘を虹に向かって広げた。
突然、今までに感じたことのない幸福感に包まれた。
傘を傾けて空に笑顔を向けたとき、こちらをじっと見ている他校の男子選手に気が付いた。
彼も私が気が付いたことに気が付いた。
彼はふらりと近寄ってきてつぶやいた。
「赤い傘…」
私は彼をじっと見つめる。
その瞬間、また激しい雨が降り出した。
私は迷わずに彼に傘を差しかけた。

(了)

🎵エンディング曲をどうぞ🎵


PJさんの曲に合わせて私が書いた歌詞にel faroさんが書いてくれた短歌から、PJさんが書いてくれた短編への短編、という流れです。
タイトルのイラストは私の歌詞に合わせてスズムラさんが書いてくださったものです。
みなさんありがとうございます✨

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