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アリスと私の日曜日【#シロクマ文芸部】

私の日曜日はたいていつまらない。
夫はダラダラと仕事をしている。
どこかへ出かけよう!と誘った場合、後から仕事が詰まったと文句を言われる。
向こうからどこかへ行こうと誘ってくれることもない。
かといって私が一人で出かけるのも自営業だから何だか出かけにくい。でも私の仕事は終わっている。このままではまたせっかくの休日がつまらない日曜日のまま終わってしまう。
そんな時はケーキかパンを焼くしかない。
今日はシナモンロールにしよう。
シナモンたっぷりたっぷりの、苦いほどたっぷりのシナモンロールを焼こう。
そう決めると少し楽しくなってくる。
シナモンロールを作るのは楽しい。
広げた生地にシナモンシュガーを広げて塗りつけるのも楽しいし、それをくるくる巻くのも楽しいし、それを筒状に切るのも楽しいし、そこにまたグラニュー糖を振りかけるのも楽しい。ああ、なんて楽しいんだろう。
おまけに焼けてくると部屋中がシナモンの良い匂いでいっぱいだ。
焼きたての良い匂いのパンと、昨日いきつけの喫茶店で買っておいた自家焙煎の珈琲。
この上なく幸せな日曜日の午後になり、私は満足する。
自分で縫ったお気に入りのティーマットの上にセッティングして、いざ!食べようとしたら一人で座っていたはずのテーブルの前の席に誰かが座っている。
「こんにちは」
「あ、ああ、ええと、こんにちは」
私は突然現れた相手にびっくりして声が良く出ないで固まった。
しかもその相手はどうみても「不思議な国のアリス」だった。
「ええと、ええと、あなたは、アリス?」
日本語で良いのだろうか、英語が良いだろうか。
アーユー、アリス?とか?
「ええ、私はアリス」
相手ははきはきと日本語で答える。
頭の水色のリボンが揺れる。
「だからミルクティをお願い!」
えー、何が「だから」なの?
アリスだから?イギリス人だから?
「早く!」
「はいっ!」
私はアリスに気圧されて立ち上がり、ミルクティを入れる準備を始めた。お気に入りの赤い琺瑯のミルクパンに少しの湯を沸かし、茶葉を投入。煮立ったらそこに牛乳を入れて、たたき割ったカルダモンを入れ、しょうがをちょっぴり削って入れ、キビ砂糖を入れる。シナモンもちょっと振る。温める。牛乳はちょっぴり目を離したすきをついて吹きこぼれるから睨むようにして温める。
よし。沸騰直前に火を止め、温めておくのを忘れたティーカップに漉しながら注ぐ。お気に入りのティーカップはアリスの絵がついている。
あれ?アリス?
私はカップをまじまじと見る。アリスがいない。
テーブルを見る。
そこにアリスがいらいらとミルクティを待っている。スプーンでテーブルを叩きそうな勢いで待っている。
私は急いでアリスの前にミルクティのカップを差し出す。
「熱いから気を付けて」
アリスはくんくんとミルクティの香りを吸って満足そうににっこりした。可愛い。
「じゃあ、頂きます!」
私はアリスと一緒のお茶会に似つかわしくなく、仏教っぽく手を合わせ、やっとシナモンロールを手に取った。
ちょっとちぎって口に入れる。目を閉じて味わう。ああおいしい。我ながらおいしい。
得意な気持ちで目を開けてアリスのほうを見てみる。
でももう前の席には誰も座っていなかった。
湯気を立てているミルクティのカップ。アリスの絵が付いたお気に入りのカップ。
アリスに飲んでほしかった。
シナモンロールを食べて欲しかった。
私の作るシナモンロール、おいしいでしょ?と言いたかった。
私はちょっと泣きそうになった。
急いで自分のカップのコーヒーを飲む。ほろ苦くておいしい。酸味もちょうどいい。
「ワタシもコーヒーがいいわ」
目の前で誰かが我儘な声を上げる。
帽子屋だった。
私はコーヒーの入った自分のカップを見る。そこに描かれていた帽子屋がいなくなっていた。

(了)

小牧幸助さんの企画に参加しています。


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