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耳かきこけしの旅立ち

わたしは耳かきが好きなのだけど、特にこけしが付いている耳かきが好きだ。ふわふわのぼん天はいらない。こけしがついているほうが良い。絶対に良い。でもコレクションしているわけではない。必要な分だけ買うのだ。
そんな中で一番のお気に入りのこけし付き耳かきのこけしが言った。
「わたし、耳かきの棒から離れて旅に出たいです」
「棒から切り離してあげることは出来るけど、どこへどうやって旅に出るの?」
「虫の背中に乗って、木のふるさとに行きます」
納得したわたしはそのお気に入りのこけしを棒から丁寧に切り離した。
なにか旅支度をしてあげたかったが小さすぎて何も持たせてあげられない。首に細いモヘアの白い毛糸を巻いてあげた。空を飛ぶ旅はまだきっと寒いだろう。
わたしはそのこけしを、庭の寒椿の赤い花の中へそっと置いた。
次に花の上をみたときに、もうこけしはいなかった。
「さようなら。いえ、いってらっしゃい」
私はかすかに春めいた空にむかってつぶやいた。
夏ごろになったらきっと、帰ってきてくれる気がした。
たぶん窓の外に咲くひまわりの中に。

(了)


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