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みえない空中の港【青ブラ文学部】

「ねえママ 、本棚の横に 港を作ってもいい?」
港 ?私はびっくりして小1の娘を見た。
娘はとても真面目な顔をしている。手に持った本の「港とは 」と書かれたページを開いている。
「港っていうのはね。 船から人や物を安全におろしたり積んだり、船を休めたり、強い波や風から船を守る防波堤があったり、そんな機能がなくてはならないんだって。私は宙を飛んでいる 見えない人たちの見えない船のために港を作ってって頼まれたの。見えない人たちに」
本を見せながらそういう娘に私は頷いた。
「いいわよ。りっぱな港を作ってね」
娘は笑顔で「ありがとう」と言い、スケッチブックを広げて そこに熱心に 港の計画を描き始めた。そのスケッチブック は 私が先週買ってあげたものだ 。それを渡すとき私は娘にこう言った 。
「このスケッチブックに描いたものは本当になるのよ」
表紙に大きな虹の絵が描かれたスケッチブックには「Dreams come true」と書かれていたからだ。
娘は嬉しそうに顔を輝かせてそのスケッチブックを受け取った。
今、娘はそのスケッチブックにやわらかい鉛筆で、桟橋のようなものや 、船をつなぐ場所、船から降りた人たちが 休む 建物や荷物を入れる 倉庫のようなものも描き込んでいる。 灯台も。
見ている私もワクワクした。

そんな話をしたことを忘れていたある日の朝早く、いつものようにとても早くから目を覚ましている娘が言った。
「ママ。 港は完成したの。みんなとても具合がいい と喜んで使っているのよ」
そういって本棚の横の何もない空間を指さした。私には何も見えないけれど、ほんの少し 、キラキラした 虹色の空気が、いえ、空気ではなくてもしかしたら 波 なのかもしれないそれが、見えるような気がした。
船はもちろん見えなかったが娘は言う。
「ママ、ほら 帆船が出て行くわ。 窓を開けなくちゃ 」
娘はそう言って窓を開いた。 そして窓の外に向かって「 いってらっしゃい、 良い船旅を」と声をかけた。
私も梅の花の香りがする外に向かって「Bon voyage」とつぶやいた。

(了)


*山根あきらさんの企画に参加します


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