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言ってないのにそう見えてくる。

におわせ時代のネーミング術

におわせの時代である。恋愛もにおわせ、退職の肩叩きもにおわせ、政治もにおわせ。直接言わないけれど、わかる人にはわかる。行間を読み取ってもらって「ああそういうことか!」と思わせる。時にタテ読みで。時にアナグラムで。そのために技巧を駆使する。空気を読めない人だけが損をする。文脈をみんなで共有するからできる、なんとも日本人らしい文化、というか流行である。

コピーライターの仕事の現場でもにおわせが増えている。クレームのリスクがあるから。使用機会を限定したくないから。法律的に難しいから。さまざまな理由でストレートな物言いは避けられて、「ちょっとにおわせた書き方にして」なんてリクエストをいただくことも多々。それでいいのだろうかとモヤモヤする気持ちを抱えながら、それも腕の見せどころだろうと思って取り組む。

コンビニの商品棚で計らずも、におわせのお手本となるような言葉と出会った。か~るいチーズスナック。「か~る」の3文字、もっと言うと「~」のたった1文字(記号)によって、劇的なにおわせを達成してしまっている。「軽いチーズスナック」という一般名詞が、どうやってもとある固有名詞に見えてしまう。どこにも「カ~○」とは書かれていないのに!(なぜか伏せ字にしたくなる)

99%の確率であの「カ〜○」のプライベートブランドなのだが、そう明言はされていない

極限まで短くするとしたら

か〜るいチーズスナックは、その名付け親が「〜」という一文字の可能性に気づいたからこそ生まれたネーミングだ。「〜」がカ〜ルの核心となる軽やかさやうまさを内包することを発見したから、この世に生を得ることができた。(そして実はふつうに書くと「かる〜い」となってしまうのをあえて「か〜るい」としたところにも、作り手の意図と技術を感じる)

「か〜るいチーズスナック」の概念

言葉を商業コミュニケーションとして扱う人間は、しばしばこのような削ぎ落としを求められる。近年ますます求められるようになっている。「3行以内で教えて!」「140文字に要約してよ」「2時間の映画を10分で語ると?」「200ページの本をひとことで」なんて言われても、簡単に説明しきれないこともものごとの魅力なわけで。いたずらに削ぎ落としたりファストな言葉の箱に押し込めることには慎重でありたい。

でも発想を飛躍させて、極端に短く「それを一文字(一単語)にするとしたら?」を考えることはときに有効だと思っていて、それはものごとの核心を掴むことだと思っている。単なる省略ではなく圧縮であり凝縮だと思っている。

人間が一度に記憶できる情報量には限界がある。短ければ短いほど、それは言葉を超えて記号(絵)として記憶に残る。言い換えると言葉や概念のビジュアライズでありブランディング。意味より前に伝わる質感として、音楽でいうシグネチャートーンのようなものを獲得する最短手段だと思う。

いつの間にか「R」のマークがついていたら楽天グループかレッドリボン軍のものだろうと思うようになってしまったし、「。」はモーニング娘のもので、「、」は藤岡弘さんのもの。「いざ」といえば侍だし、「おやおや」といえば右京さんで、「ええいああ」は一青窈さん。3つの英単語を「・」で繋げばミッシェル・ガン・エレファントの曲名、キリマンジャロはジェロではないが、キリマンジァロだとほぼジェロである。

ミッシェル・ガン・エレファントの曲名と思わしき看板。動物の名前が入っているのもポイントが高い
ほぼジェロのキリマンジャロ、もといキリマンジァロ。AAAもちょっと入ってる

そういう視点でみると、L’Arc~en~Cielが20周年のロゴマークを「L’」にしていたのは、その手があったかと驚いた。この時代のバンドにはラルクやLUNA SEAをはじめ、LやRやラ行のつく名前が多かったのだが、他には言えない独自のものになっているし、ちゃんとラルクとわかるものになっている。じゃあラクリマクリスティはどうなんだっけ?と思ったらmacの予測変換が「La’」だと教えてくれた。

こうした同じカテゴリーにおける名付けは、どの文字を誰が先に取るか、やったもん勝ちの陣取り合戦だったりするわけで、まあだから最初期に「X」という一文字のバンド名を考えたりする人は戦略的で先見の明があったりするのだと思います。

自分を削ぎ落としてみる

ちなみに「か〜るいチーズスナック」の「〜」は、多幸感を伝える記号としても優秀である。たとえばこの韓国のお菓子を見てほしい。なんと書いてあるかはわからないが、とてもゴキゲンな気がして好感が持てて、つい購入してしまった。

言葉は極限まで省略した場合、言語を超えて記号になるのではないか。「ゅ」とか「ぴ」とか「ちょ」なんかは海外でも伝わりそうな気がしてくる。何かを言いたいとき、究極言わなくても言うことはできる。

たい焼きらしき韓国のお菓子。なんだかゴキゲンなにおいがする

ではこのような発想で、自分自身を一文字で表現するとしたら何になるだろう? 私の場合は迷うことなく「味」である。メールの宛名を書き間違えられることや、電話口で読み間違えられることは多々あるが、このときばかりは変わった苗字に生まれたことを感謝する。初台にある「一味真」という75%が自分と同じ名前のお店は、語順は全然違うけど、全く他人に見えない。

仕事仲間の営業マンには「萬」と「喜」でマンキと呼ぶ、おめでたい名前の男(マン)がいるのだが、たいていの中華料理屋が同性同名に見える。横浜中華街などを歩くとゲシュタルト崩壊を起こしてくるかもしれない。街角で中華飯店の看板を見かけるたび、10%のジャン・レノ感に90%の愛嬌を足したような彼の顔が思い浮かぶ。アイコニックな名前の人はうらやましい。自分自身や身近なものを「一文字にするとしたら」を考えてみるのも、面白いのかもしれない。

75%が自分と同姓同名のお店。一度は食べに訪れてみたい

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