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花巻市博物館と「かがくいひろしの世界」展 文学さんぽ2023⑨.5

 この記事は2023年10月14日から22日まで、東日本(関東→東北)を旅した記録の9日目の中編、旅の11本目の記事です。(全て書き終えたら繋げます)

 宮沢賢治記念館を観たあと山猫軒でお昼を済ませて、次は宮沢賢治童話村でやまなしを採取し、残る目的はイーハトーヴ館だけとなりました。

 イーハトーブ館は研究施設と賢治関連の売店という感じなので、展示スペースも小さいので展示物としては観るものが少ないのです。(もちろん調べものとかになると無限に時間を吸い取られます)
 今回は、「『銀河鉄道の夜 四次稿編』-複製原画展- ~ますむらひろしの新たな挑戦~」展をやっていることは知っていたのですが、「原画展だし、あの規模なら30~40分くらいあったら見られるだろう」と、これまで自分がイーハトーブ館で見たことのある展示(写真展とか)の所要時間から、残り2時間くらいあると想定し、「じゃあ、花巻市博物館もサラッと見るか」と、童話村隣接の花巻市博物館へ立ち寄りました。
 単に時間に余裕があったからという理由だけではなく、賢治は花巻の地で生まれ育ち、草花、石、動物など、作品の中にも沢山の自然を描いた作家なので、博物館でも何か得るものがあるのではないかと思ったのです。

この判断が、めっちゃ番狂わせになるとも知らずに……。(後悔はしてないけど)

花巻市博物館

さっきまで晴れてただろ! 初めて来るミユージアム絶対雨以下同文。

 花巻市博物館は岩手県花巻市にある博物館で、先述のとおり、宮沢賢治童話村に隣接しています。
 その(童話村)せいもあってか、今回の特別展(かがくい展)のせいか、他県の博物館よりも子どもの姿が多かったです。
 縄文時代から現代までの花巻を中心とした、文化・工芸・歴史が学べる施設です。入り口には恐竜の化石(のレプリカ)がドーンと置かれ、子どもへのフックが強いのも特徴かと。
 こういう施設に、学校のお勉強として以外で気軽に来られる機会があるのっていいですね。(遠足とかで来ると駆け足でばーっと見るだけになるからつまんないんですよね)
 私は京都生まれの京都育ちで歴史施設は沢山ある都市に住んでいましたが観光客や大人の人が多く、両親もこういう施設に子どもを連れて来るタイプではなかったので、自分の興味のあるところで立ち止まって気が済むまで見る……そういう見方が出来るようになったのは大人になってからだったので、自由に見てまわる子どもたちが羨ましく思いました。

 展示は縄文時代からはじまり、当時の食料や住居、土器や勾玉などの祭具、刀剣などの副葬品が展示されていました。
 こういった土器のデザインや刀剣の種類によって、お国柄が出るのも面白いですよね。そして、本来東のもののハズが、西で出土されたりすることで、文化の交流なんかが解る……とか、調べだしたら沼の予感しかしないですよね……。

 中世になると、鎌倉仏教の影響が東北にも……という展示が多く、仏像なんかも展示されていました。賢治の家の宗派が浄土真宗だったりするので、その辺もいつごろから花巻周辺で信仰されるようになったのかとか、掘るとヤバそうな感じです。(自作の賢治回で法華経は白めになりながら調べましたが……)

 近世の展示になると、一気に大河ドラマ感が出てきますね。城下町の模型がドーンとあって、金屏風に鎧とか刀とか馬具とか。
 そういうのも見ていて楽しいのですが、近代では割と未開の地扱いされる東北ですが、江戸時代には既に交通網が整備されており、文化交流も盛んで人の行き来も多く宿場町も栄えていたりして、花巻周辺が商業都市の一面を持っていることは、他府県民から見たら割と意外なのではないでしょうか?
 寒い地域なので農作物を商売のメインにはし辛いためか、工芸品なんかの展示が多く、なかでも花巻人形のコーナーは可愛らしい人形がたくさん展示されていました。
 花巻人形は、仙台の堤人形、米沢の相良人形とあわせて、東北の三大土人形と言われ、歴史ある工芸品だそうです。昭和期に一度継承者不足で生産が途絶えていましたが、地域の人の努力で再興され、現在はお土産、縁起物として喜ばれているそうです。

 近代になると、明治23年に、東京・上野⇔岩手・盛岡間の鉄道が開通し、花巻駅が出来ます。それまで北上川で物流の動脈だったのが、鉄道に切り替わり、人の流れも鉄道の発展と共に盛んになっていきました。
 最初は、北上川沿いにひかれた日本鉄道線(現在のJR東北本線)が開通。そこから大きく遅れて、内陸から沿岸部(三陸海岸方面)への路線として岩手軽便鉄道が作られました。本社は花巻市で、初代社長は盛岡銀行の頭取であった金田一勝定氏(言語学者・金田一京助の叔父)で、宮沢賢治の祖父も株主としてこの事業に出資していました。
 『銀河鉄道の夜』をはじめ、賢治の作品には鉄道がたびたび登場します。
 花巻駅の木製の駅標や当時の駅周辺の模型も展示されており、こうした展示を見ると、当時の花巻の人たちの鉄道に対する思いが伝わってくるようで感慨深くあります。

 ざっと見た感じではありますが、解説などはコンパクトにまとめながらも見ごたえのある展示で楽しかったです。やっぱ作家の生まれた土地の歴史を知るのって楽しいですし、博物館て面白いです。

「かがくいひろしの世界」展

絵をみて「あ、見たことある!」となるキャラたち。

 絵本作家・かがくいひろし氏をご存じでしょうか? 平成生まれの方や、今子育て中の親御さんは名前だけでピンとくることでしょう。
 未婚で子ナシの80年代生まれの私は、お名前は存じ上げなかったのですが、入口のポスターを見て「ああ、あの絵本の展示なんだ」ってなりました。私は前職、8年ほど古書店員をしておりまして、担当は違ったのですが、その際にあの印象的なだるまのイラストを目にしており、記憶にも残っていたのです。イーハトーブ館の閉館まで、あと1時間ちょいあるし……と、サラッと見るつもりでこちらも覗きに行きました。(はい、フラグ)

 展示の感想の前に、かがくいひろし先生のことをまとめておきます。
 1955年東京生まれ。東京芸術大学教育学部卒。千葉県の特別支援学校で28年間教壇に立ち、50歳の時に応募した『おもちのきもち』で講談社絵本新人賞を受賞し、絵本作家となる。
 2008年の元旦に発売された『だるまさんが』が、絵本としては異例の大ヒットとなり、最速でミリオンセラーの記録を打ち立て、同シリーズは累計900万部(2023年6月時点)を超える、国民的絵本となりました。
 色鉛筆の温かいタッチで描かれたまるっこくて愛らしいだるまさんが、「だるまさんがころんだ」のリズムで、のびたりちじんだりころんだりする姿は、文章の読める読めないに関係なく、みて、きいて、そしてまねっこしたりして、年齢に関係なく楽しめることから、大人も赤ちゃんもみんなが笑顔になれる作風です。
 小さな本屋さんの絵本コーナーにも必ずと言っていいほど置いてある『だるまさんが』は、2000年代を代表する絵本で、児童書に縁のない私でも知っているくらい有名な作品ですが、残念なことにこのシリーズの続きを読むことはもうかないません。
 私は展示で知ったのですが、かがくい先生は2009年にお亡くなりになっており、作家生活は4年間と短いものでした。
 しかし、その4年間で遺した作品は数多く、また、令和となった2020年代の子どもたちにも愛され続けています。
 そんな、かがくい先生の作家としての軌跡を作品のラフやアイデアノートなどから辿りつつ、家庭環境や教員生活から、人間・かがくいひろしを知ることが出来る展示となっているのが「かがくいひろしの世界」展でした。
 詳しくは、本展の公式図録となっている以下の御本をお求めください。

<みんなの笑顔>をつくり出すもの

 かがくい先生が、生涯の半分以上の時間を特別支援学校の先生として働かれていたことは先述しました。先生には、知的障がいのあるお姉さんがおられました。しかし、かがくい先生が4歳の時に、事故で亡くなってしまいます。その先生が当時死をどれだけ理解していたかは分かりかねますが、姉の死を悼む母の姿を間近に見て育ちました。そのことが先生の人生の選択や仕事に影響を及ぼしているのだろうということが、生前の先生を知る方々のインタビューのパネルや教員時代の映像など、展示の端々から察せられます。
 特別支援学校の先生としてのかがくい先生は、様々な支援を必要とする子ども達ひとりひとりに寄り添った教育方法を考え、多感な時期を過ごす学校という学びの場が少しでも楽しくなるようにと、熱心に取り組まれていたことが、生徒たちと共に作った制作物の数々から伝わってきました。
 また、卒業式に生徒たちに贈った似顔絵も展示されており、ひとりひとりの笑顔がまぶしく、あたたかく丁寧に描かれているのが印象的でした。

「子どもたちから、たくさんのことを学びました。もし教師をしていなかったら、絵本を描くようにはならなかったでしょう。子どもたちの喜びは、自分の喜びでした。それが絵本をつくる原動力になっています」
                 (かがくいひろしインタビューより)

出展:「かがくいひろしの世界」/2023年6月25日/ブロンズ新社

 生徒たちと接する中で「相手の反応を引き出すものは何か」を常に模索しながらの教員生活だったようですが、それが後の絵本創作の大きな基盤となっているのでしょうね。
 私はミステリばかり読んで育ちましたので、言葉を駆使して驚きを与える作品が好きですし、絵本は保育園以降自主的には読んでいなかったのですが、子どもを笑わせることや、言葉を使わずに反応を得ることの難しさについては少しは理解できますし、その苦労を想像するだけでも私には到底ムリだなぁと思うのです。
 相手に向き合って、相手を理解しようとし、相手に寄り添って……口でいう程容易くないのです。だから「この人はすごい!」と、絵本にも障がい者支援にも全く触れてこなかった私ですら、背筋がぞわっとするくらい響きました。
 そういった背景を知った上で作品を見ると、やはりそういう工夫が随所に施されており、アイデアノートからは長い教員生活から得られたリアルな経験と技術が活かされていることが、素人ながら感じられます。
 ですが、作品を見ると、そういう背景の難しい部分がふっとんで、愛嬌のあるキャラクター達の動きや表情に、自分が大人だということを忘れて、ついつい「ふふっ」となってしまうんですよね。
 一緒に展示を見ている友人と、「このキャラがすき」とか「このカオめっちゃよくないです?」とか、「あ、この子ここにもいた!」とか、こそこそっと言い合いながら展示を回るのが、すっごく楽しかったです。(もちろん一人でも楽しいと思う)
 なので、予定よりじっくり見てしまってですね……イーハトーブ館閉館まであと30分! て時間まで「かがくいひろしの世界」に浸ってしまいました。(楽しすぎたんだよ!)

いやあもう、買っちゃうでしょ! 見るたびニコニコしちゃう。

 もともとはふらっと入った展示だったのですが、出てきた時にはすっかりファンになっていました。旅の後半でそろそろ財布がヤバいにも関わらず、少しだけどお気に入りのキャラがいるグッズも買ったし。(そして帰宅早々、公式図録もポチってしまった)

 自分も文章を書くものの一人として、相手に伝える、楽しませることについてたくさんの事を学ばせていただいた展示でした。
 展示の中には、お子さんが作品に触れられる体験型の展示など、絵本の特別展ならではのコーナーもあり、子どもたちの楽しそうな表情や声に胸が温かくなりました。

子どもたちが楽しそうに触っていました。

令和5年度花巻市博物館特別展「日本中の子どもたちを笑顔にした絵本作家 かがくいひろしの世界展」は、令和5年9月30日(土)~12月24日(日)までの開催となっています。
 会期は残り少ないですが、行ける方は是非現地へ足を運んでください!
 かわいいキャラクターたちが、たくさん待っていますよ!

みんな、おさいふを……ぱんぱんにしていくんだよ……。

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