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みんな、オチンチン出し!

「瀬戸内少年野球団」(1984、夏目雅子、篠田正浩監督)の巻。
キネマ旬報日本映画ベストテン第3位。
(以下、ネタバレあり、敬称略)

映画って、エッチ。

夏目雅子(公開時26歳)の遺作(※)にして、渡辺謙(同24歳)のデビュー作。
敗戦後の淡路島を舞台に、小学生の淡い恋心、戦争に翻弄された女性たちをコミカルに描く。

学校の校庭。級長の竜太(山内圭哉)、不良志願のバラケツ(大森嘉之)らがワイワイ議論している。進駐軍がやってくるのだ。

照国「進駐軍のアメリカ人のチンポは両手でつかんで、まだ先が出てるんやて。ほんまか?」
バラケツ「アホ、そんなことあるかい」
照国「父ちゃんが言うたんや。ビール瓶ぐらいやて」
ショックを受けた少年らは照国を囲み「嘘や」「謝れ」と小突き回す。

阿久悠の原作本にはこう書いてある。
「思えば、竜太たちの敵意は、その時点で生まれたと言っていい」

大人から「鬼畜米英」などと聞かされてきたが、見たこともないし実感がわかなかった。が、チンチンの彼我の違いを突きつけられて「本気で敵意を抱いたのだ」。

唐辛子ほどのものしか持たぬ小学生にしてからがこれである。男は大きさにこだわる動物であること、コンプレックスの最大要因が「アレ」であることが、よくわかりますです、はい。
が、その本気の敵意も、米兵からもらったキャンディーの甘美な味覚とともに瞬時に溶け去ってしまうのだった。

そんな少年たちの憧れが、担任の駒子先生(夏目雅子)と転校生の美少女・武女(むめ、佐倉しおり)。
駒子先生は夫(郷ひろみ)が戦死し、婚家から弟(渡辺謙)との結婚を迫られている。
自室の引き戸に心張棒(しんばりぼう)をかけて夜な夜な訪れる弟の侵入を拒んでいる。が、ある夜、部屋に忍び込んでいた弟に犯されてしまう。
渡辺謙は「やらせろ感」「やりたい感」を全身からみなぎらせており、怖いくらい。

翌日、駒子先生は硬い表情で教室内を歩きながら、「ギブミー」「ギブミー」で米兵に群がる生徒らに説教する。

駒子「心は、占領させてはいけないのよ」

これは駒子先生の決意表明だったのでしょう。この後、弟を拒み続け二度と体を許さない。

弟の方は、床屋「猫屋」の色っぽい後家おかみ(岩下志麻)に髪を切ってもらいながら「その後、どうしても応じてくれない」などとぼやいている。

おかみ「あんた、それでも男か。いっぺんでけたんやったら、百ぺんでも二百ぺんでもでけるやないか。女の方かて、この次はいつやろ、いつ襲おてくれるんやろ思うて待っとるんやで」

などとけしかけつつ、「わてを襲うてみんか」などと誘惑してる。

一方、美少女・武女は級長の竜太にこんなことを言ってドギマギさせている。

武女、浴衣の衿(えり)に手紙をしまう。「痛っ」と顔をしかめる。
武女「封筒のとんがったところがお乳の先っぽに当たったの」
武女、竜太を見つめる。
竜太(戸惑いながら)「そんなもん、あったんかいな」
武女「少しだけ膨らんできたの。身体検査の時、まだ私ひとりだった。誰にも言わないで」
武女、竜太を見つめる。
竜太、なんと返事したらいいか分からず、くるりと背を向けて脱兎のごとく走り去る。

日本が戦争に負けてくれたおかげで、こんな嬉し恥ずかしも導入された。
男女共学。
春、新学期。一番反発しているのがバラケツ。「いやや。女と一緒に勉強できるかいな」と大声を張り上げるが、武女に「男だけの時だって勉強してないでしょ」と一喝される。さらに席がマドンナ武女の隣だったことでバラケツの無駄な抵抗はあっけなく終わった。

大人のえげつない欲望丸出し(駒子先生除く)に比べて、少年らの思春期の胸のときめき、恥じらい、戸惑い……といったら。
小学生の時。初めてのフォークダンス。意識するようになった人に初めて触れた瞬間を思い出して、こちらまで酸っぱい気分になりました。

進駐軍騒ぎが落ち着いた頃に、バラケツの兄・二郎(島田紳助)と姉・葉子(宿利千春)が大阪から現れる。闇物資で大儲けしているらしい。突然、ド派手な格好で教室に乱入し、キャンディーやチューインガムをばら撒いて大騒ぎになる。
「子どもたちを犬ころ扱いしないでください」と抗議する駒子先生に向かって、葉子は「駒子先生のように、女の欲望まで押さえておったら人間でのうなってまうわ」と宣(のたま)う。

別の日。葉子、飲み屋の女給・美代(ちあきなおみ)と節子(谷川みゆき)に「パンパン」と大声をあげた照国が3人に拉致され、二郎の船の上で縛り上げられる。
救出に駆けつけた竜太らに葉子が正論を吐く。

葉子「あんたらな、女に死んでまえちゅうくらいの侮辱を加えたんよ。えーか、それを帳消しにするにはやな、あんたらが一番恥ずかしゅうて、一番やなことしてもらうで」
少年ら「……」
葉子「みんな、オチンチン出し!」
少年ら「……やだ」
節子、照国のほっぺにタバコの火を近づける。
照国「チンチン出してくれー」
葉子「オチンチンや!」
竜太「出そ」
一列に並んだ小さな唐辛子。
美代「えらいえらい。ほなら、みんなでオシッコしてみ」
一斉に放水する少年ら。
キャハハハと大笑いするパンパン3人組。

このエピソード、原作本はこう締めている。
「水平線に沈みかけた太陽の最後の一条を受けて、六本の小便があたかも虹のようにきらめいた。それは友情のきらめきといえた」

宿利千春が、夏目雅子と並んで強烈な印象を残す。
千春は、鼻をつんとあげて胸をはって堂々と街を闊歩する。戦争に負けて抑圧から解放され、オシャレをして開放感に満ちている。ように見えて、苦しみを胸に秘め屈辱にも耐えて生きているであろう女をきっぷ良く演じている。
調べてみると、彼女の映画出演はこの一本だけ。主に80年代にテレビドラマで活躍していた。

「オチンチン出し!」のひと言で、彼女の姿は観る者の脳裏に永遠に焼きついたのではないか。
私はそうだ。

物語は中盤、死んだはずの駒子先生の夫が現れたことから急展開を見せる。駒子先生の運命はどう変わっていくのか。映画を観てのお楽しみ。

「瀬戸内少年野球団」。
夏目雅子と渡辺謙。のちに同じ急性骨髄性白血病を発症し、一方は帰らぬ人となり、一方は生還を果たす。その後の明暗など知る由もない二人が交錯した映画としても忘れられません。

注:出演映画としての遺作。最後の仕事はナレーションを務めた「北の螢」(1984、五社英雄監督)
※参考
「瀬戸内少年野球団」(阿久悠、1983、文春文庫)

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