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台湾人のアイデンティティーについて

前話:台湾伝統的おかしの名店「新公園餅店」 / 次話:台湾の総統選挙制度と「民主&多元化」の意味

先日、拙文「台湾総統選挙について」を公開しました。↓↓

民進党が製作した選挙広報動画を紹介し、わたしなりの解説を少し加えました。

ただ、肝心なところが説明できていないのではないか、といういわゆる隔靴かっか搔痒そうようの感があったことも否めませんでした。

台湾総統選挙は現在、現与党・民進党と、野党・国民党、それから民衆党との三つ巴の戦いになっているのですが、とりわけ二大政党である民進党と国民党との間には、単なる政策の違いだけではなく、台湾人の「自我認同」(アイデンティティー)の問題があります。それは台湾近現代史を抜きには語れませんし、台湾近現代史は当然ながら、中国近現代史や日本近現代史とリンクしているので、この問題をわかり易く説明しようとすることは、正直わたしの手に余ります。

その結果、拙文「台湾総統選挙について」は、靴の上から足の裏を掻いているようなエッセイになってしまったわけですが、特に質問をされてもいないのに、このあまりに大きく複雑な問題に自ら足を踏み入れることもないかな、と生来の懶惰な性格のせいもあり、「これはこれでいいや」と思ってしまっていたところがあります。

ところが――

実体を見せずに忍び寄る白い影——もとい、赤い影

皆さんご存知のこの方が、コメント欄に颯爽と登場されたのです!

ハミングバードさんです‼

ハミングバードさんと言えば、ユーモアと知性溢れるエッセイや小説で活躍されている、人気・実力を兼ね備えたnoterさんです。その点に関しては、今更わたしが紹介するまでもないでしょう。しかもこの方、英語・中国語・広東語を操る語学才子でもあります。

一つの言語を学ぶということは、その言語の背景にある文化や歴史を学ぶということです。

つまり、ハミングバードさんにはアメリカや中国、香港の文化・歴史に関する知識があるということになります。実際拙文に対し、いつもの穏やかな感じながら、かなり専門的なコメントをいただき、それに対してわたしも真面目にご返信していたところ、結果としてコメント欄にかなりの文字数が並ぶことになりました。

ハミングバードさんとわたしのやりとりの詳細をお知りになりたい方は、拙文「台湾総統選挙について」コメント欄を御覧いただきたいと思います。

ざっと眺めていただくだけでも、最大500字までという文字制限のあるコメント欄ではとてもおさまり切らない話になっている点は、おわかりいただけると思います。

そこで稿を改め、コメント欄では書き切れなかった部分を書いてみることにしました。それが今回の「台湾人のアイデンティティーについて」なのです。

では早速、ハミングバードさんのコメントの中で、わたし自身がポイント、あるいはキーワードと考えた部分を抜き出してみたいと思います。(以下、部分的太字表記は全て南ノによる)

なるほど……台湾語の使用が処罰の対象に……台湾人の悲哀ですか……。
中国本土の人も、そこらへんの言語事情知らなかったりする人がいるかもしれませんね。。。
同じチャイニーズという括りであったとしても複雑ですね。。。

ハミングバードさんのコメントより

わたしが思わず反応してしまったのは、太字で表示したところ、「同じチャイニーズという括りであったとしても」の部分です。

わたしは、このハミングバードさんのコメントに対し、台湾人に向かって「チャイニーズ」という言葉は使わない方がいい、という意味のことをご返信として書きました。

台湾人に❝ Are You Chineses? (あなたは中国人ですか)❞と訊いた場合、おそらく、❝ No, I am Taiwanese (いいえ、私は台湾人です)❞という答えが返ってくる確率が高いからです。

わたしは当初、ハミングバードさんの「チャイニーズ」「漢民族」を指すと思っていました。民族的観点からすれば、台湾先住民以外は、本省人・外省人を問わず「漢民族」であり、その意味においては、確かに「中国人」ということになります。

ところが、ハミングバードさんは、自分の言う「チャイニーズ」「そういう意味ではない」として、改めて次のように定義されました。

私がChineseという場合、基本的に漢民族の意味ではなく、(中国本土の)少数民族も含めています。
香港と中国本土が生活基盤だったので、少数民族も「中国人」=「ZhongGuoRen」=Chinese)であり、逆に除外すると問題になる国です^^;
当然、朝鮮族も中国人として扱わないと問題になります。

ハミングバードさんのコメントより

なるほど……。

こういう意味における「チャイニーズ」としてアイデンティティーを問われたとしたら、台湾人はまず間違いなく、❝ No, I am Taiwanese (いいえ、私はタイワニーズです)❞と答えるだろうと思います。

ハミングバードさんは更に続けて、「チャイニーズが台湾でNGワードになり得る」ことは、「外からは「察し辛い」気がする」とコメントされています。その部分を以下に引用します。

恥ずかしながら、チャイニーズが台湾でNGワードになり得るというのは、存じ上げませんでしたし、少し不思議というか、外からは「察し辛い」気がします
英語だと中国"the People's Republic of China"であり、台湾が人民が付かないので"the Republic of China"と認識しています("the Republic of China, Taiwan"みたいな併記もあるようですが)。
どちらも国名としては"China"を踏襲しているわけですが、国民を呼ぶときだけ"Chinese"がご法度というのは、なかなか日本人だけでなく、西洋人とかにも分かり辛い部分かと感じます。
恐らく、元々の言語的な理由ではなくチャイニーズがthe PRCの方の中国人ヲ想定させるといったあたりが根っこにあるのかという気がしました。。。

ハミングバードさんのコメントより

ここまで読んで、わたしは「さすがハミングバードさん!」と思いました。

この問題の答えは、既にハミングバードさんがおっしゃっているのです。

そう、正に――

「チャイニーズがthe PRCの方の中国人ヲ想定させるといったあたりが根っこにある」

のです。

ハミングバードさんは「誤解ヲ避けるため」ということで、以下の内容を補足されています。

誤解ヲ避けるため、私の疑問は「どうして国名にChina?」ではなく、「どうしてChineseを嫌がる?」というほうです
英語名の"China"は自然な流れと感じています。
元々お互いがChinaだと言っていて、国際連合がPRCの方を国として正式承認したので、結果的に「Chinaが2つできてしまった」状態と認識しています。
(↑こういう言い方ヲするとPRCは「Chinaは1つだ!」と怒るわけですが)。

ハミングバードさんのコメントより

この部分を読んで、わたしは思わずにやにやしてしまいました。ハミングバードさんが客観的な視点中国と台湾の関係を見ておられることがよくわかったからです。

日本人なのだから「客観的な視点」になるのは当たり前じゃないかと思われるかもしれませんが、意外にそうとも限らないのです。

例えば、日本人中国語教師とか、日本人中国文学研究者の方の中には、思想的に中国の「Chinaは1つだ!」原則に同化(洗脳)されていて、台湾に来たこともないのに、最初から台湾に敵意を持っているという摩訶不思議な人が現実に存在します。(そういう方に会って、びっくりした経験があります)

また逆に、中国と台湾の違いや、台湾と香港の違い等がよくわからない方もいるかもしれません。そうした方には、ハミングバードさんの意味するところが、あまりピンとこないのではないでしょうか。

そこで歴史的背景について、わたしの方から、ざっくりとですが、ご説明したいと思います。

台湾の正式名称は、元々「中華民国」the Republic of China)です。ただ、蔡英文現総統によって「中華民国台湾」という呼称が用いられるようになりました。今はこの呼称がかなり一般化していますが、本来は「中華民国」です。

中華民国とは、辛亥革命によってが滅亡した後の中国に誕生した国家です。1911年12月29日孫文中華民国臨時大総統に選出されました。ゆえに、台湾の「国父」(建国の父)は孫文なのです。

中華民国の政党が中国国民党——つまり、今の台湾の中国国民党(略称:国民党)です。蒋介石率いる国民党は、中国共産党との戦いに敗れ、日本人が去った後の台湾に移ってきたわけですが、その後、独裁政権として台湾を統治することになります。

かつて国民党「反攻大陸」というスローガンを掲げていました。つまり、現在台湾にいるのは戦略的撤退に過ぎず、捲土重来を期して再び中国大陸に攻め上る、という意味だったのです。

ですから、「反攻大陸」というスローガンを掲げていた頃の「中華民国」の地図は、台湾だけでなく、中国大陸全てを含んでいました。

ところが、国際情勢は「中華民国」the Republic of China)ではなく、「中華人民共和国」(the People's Republic of China)の方へ追い風となっていきます。

国際連合「中華人民共和国」(the People's Republic of China)の加入を認めた時、「中華民国」the Republic of China)は、「漢賊不兩立」(漢賊並び立たず)という有名な言葉を残し、国際連合を脱退します。

実際的には追い出されたようなものだったとしても、形の上では、「中華民国」自ら脱退した形になっています。

ここで言う「漢」とは「中華民国」のことであり、「賊」というのは「中華人民共和国」を指します。

つまり、「中華民国」の方が「正統な中国」であり、「中華人民共和国」「偽の中国」だと主張しているわけです。「元々お互いがChinaだと言っていて」というハミングバードさんの言葉は、この辺の事情を指していると、わたしは理解しています。

このような「中華民国こそ正統な中国である」という思想を持っている人は「中華民国派」と呼ばれ、今でも台湾の国民党内部に存在するのですが、少数派です。現在の国民党の政策は、周知の通り「親中」路線です。

国民党が現在、中国共産党親密な関係を築いているというのは、歴史的に見れば不思議な話です。かつては「漢賊不兩立」と言うほどの、いわば仇敵の間柄だったわけですから。

さて、国際連合を脱退したことにより、中華民国(台湾)は、「世界の孤児」と呼ばれる状況に陥ることになります。

台湾にとって、外交上もっとも重要な国は、アメリカ日本です。しかし、台湾はどちらの国との間にも、未だ正式な国交はありません

それは中国(中華人民共和国)が主張する「一つの中国」原則を、表向きはアメリカも日本も受け入れているから、ということになります。

前述したように、国民党は本来、中華民国の政党です。第二次大戦後、蔣介石蔣経国親子二代の総統時代は、紛れもなく国民党独裁政権でした。拙文「台湾伝統的おかしの名店『新公園餅店』」の中でも触れた通り、外省人と本省人の対立構造の象徴である「228事件」が起こり、また38年間にも及ぶ、世界史上最長と言われる「戒厳令」が敷かれた時代です。↓↓

台湾が民主化の道を歩み出したのは、本省人でありながら国民党員として、蔣経国総統時代に副総統を務めた李登輝の、その偉大なる功績によるものです。

1988年、蔣経国の死後、中華民国総統になった李登輝は、高度な政治力によって民主化を進めていきました。李登輝が台湾人から尊敬を籠めて、「民主先生」(ミスター・デモクラシー)と呼ばれる所以ゆえんです。

そして1996年、李登輝は、台湾国民の直接選挙によって総統・副総統を選ぶという、非常に民主的な選挙制度を導入しました。そして、自ら台湾初の「民選総統」(国民の直接選挙によって選ばれた総統)となりました。

李登輝は与党・国民党に属しながら、野党・民進党をバックアップしていました。蔡英文現総統も、李登輝が育てた人材のひとりです。

この李登輝時代に、「中華民国思想」ではなく、「台湾意識」というものが形成されていきます。

ですから、「台湾意識」「民主」という言葉は、密接に結びついているのです。

拙文「台湾総統選挙について」の中でご紹介したように、動画の中で、賴清德現副総統「守護台灣的民主」(台湾の民主主義を守る)という言葉を「台湾語」で語ります。

1996年「民主先生」李登輝の改革によって導入された、民主的な総統選挙制度。それは台湾にあって・・・・・・中国には存在しない・・・・・・・・・ものです。

だからこそ、この言葉は「台湾語・・・」で発話されなければならない・・・・・・・・のです。

この言葉は、動画を観た多くの台湾人の心に、1996年から現在まで――約30年分もの重みを持って響いたと言えます。

この動画が台湾で大きな反響を呼んだのは、そういう歴史的背景があるからこそなのです。

「台湾総統選挙について」の中でご紹介した「《在路上》 #交棒篇の動画ですが、新たに日本語字幕が付きました。㏄字幕の「日本語」をONにして、ぜひもう一度ご覧になってみてください。

この動画が静かに、力強く伝えているもの。それは――

――私たちは中国人ではなく、台湾人です。

というメッセージであり、それは同時に、中国との比較によって鮮明になるところの、自らのアイデンティティーを確認する作業でもあるのです。

※謝辞:
ハミングバードさんに、心から感謝申し上げます。ハミングバードさんの的を射たコメント、ご指摘により、わたしも改めて問題点を整理し直すことができました。
引用させていただいた部分は、全て原文のままですが、引用箇所がかなり多くなってしまいました。もし問題等があれば修正・削除等を行わせていただきますので、ご一報いただければ幸いです。

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