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東大喪女会

「出会いアプリ五個くらい入れてるけど、ねえ」
 香菜は両眉をあげる。「そんなに?」
「やっぱり出会いアプリはね、彼氏作りに向いてない。ヤリモクが多い」
「それはそうだよねえ」
「あー、顔面偏差値、五千兆とかほしかったな。東大生っていう肩書き、全然モテないし」
「それなー」、香菜はメニューに目を落とす。
「はーあ」

 運動会系の学生たちを視野のすみにおさめながら、ジョッキを傾ける。着ているジャージには〈東京大学運動会〉と書いてある。試合帰りなのだろう。

「ねえ」、と香菜の肩を叩く。
「なに?」
「あの人たち」、とあごで運動会系のほうを示す。

 褐色肌の学生が宴会場をうめていた。服の袖をまくっていたり、服をパタパタさせたり、上裸になっているのもいる。

「あの人たちがどうしたの?」
「エロくない?」
「まあ」と香菜は首をかしげる。「そうかも?」
「え、思わないの? エロいって」
「うーん、別にカラダとかどうでもいいかなあ」
「はあ~、もったいない」
「なに、もったいないって」と香菜は笑う。
「ああいう男子って、無防備だよねー」
 香菜は首をかしげる。「無防備?」
「なんていうの。じぶんが性的に見られるなんて全然思ってないじゃん」
「そう、かも?」
「それがエロい」
「はあ」
「それがエロい」
「繰り返すな」
「それがエロい」
 香菜はあきれたように首を振る。

「あ」、と香菜は視線が止まる。
「なに?」
「あの真ん中の人、小学校の同級生かも」
「え、イケメンじゃん」
「昔はあんなにかっこよくなかったけどね」
「えー、東大で会ったりしなかったの?」
「しなかった」
「いいな、イケメン幼馴染。なんか運命の再会って感じじゃん」
「うーん、でも……」と香菜はあちらを一瞥する。「私、彼氏いるし」
「え?」と思わず立ち上がりそうになる。「あの借金男?」
「うん」
「は? まだ別れてなかったの?」、思わず目を見開く。
「来月の給料日にお金返してくれるって――」
「いやだからさ、彼女に二十万も借りるなんてありえないって」
「そうだけど……」
「それでそのまま結婚しようって思ってるんでしょ? 普通に無理でしょ」
「でも、二人とも仕事に就いたら変わるって、きっと……」

 いや、確かにわかるのだ。

 世の男性の多くは、じぶんよりも学歴の高い女性にコンプレックスを抱きがちらしい。だからこそ東大女子は、東大在学中に東大男子をつかまえてしっぽり収まろうとする。少なくとも香菜はそのタイプだ。統計的な現実を見て学歴同類婚をめざす、堅実東大ガールなのだ。

 しかし、どう考えても借金男はやめたほうがいい。

 二十万の借金は一億歩ゆずって良しとしよう。だが「香菜の給料が自分よりも高くなるのは嫌だ」とか「前の彼女のほうが顔が良かった」と言い放てる神経の男が果たして香菜にふさわしいだろうか? ……と数ヶ月前に諭したが、香菜は納得しなかった。

 我々は、所在なさげに幼馴染くんのほうに視線を向けた。
 ジャージの袖から伸びる筋肉質な腕。整った顔立ち。東大生という地位。
 思わずうっとりしてしまいそうになる。

 すると、彼がこちらを二度見してきた。そして隣に座っている運動会系たちに何か言って立ち上がった。

「これ、こっち来る感じなのかな」
「そう、かも」と香菜は困ったように言う。

 果たして、幼馴染くんはこちらのテーブルに来た。
「やっぱ香菜じゃん!」、と彼は白い歯を見せる。
「やっぱり瞬だったんだ!」、と香菜の目は輝く。
 欠けていたピースをうめ合うように、二人は思い出話を語った。

 そして僕にやっと気づいたのか、幼馴染くんはこちらに言った。
「香菜の彼氏ですか?」
「いや、ただの友達です」
 彼は安堵したように笑う。 
「香菜を借りてもいいですか?」
「もちろん」

 僕は申し訳なさそうに手を合わせる香菜にウィンクして、出ていく二人を見送った。

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