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アンダードッグが世界を変える

アメリカのスタートアップの世界では、AppleやMicrosoftのような巨大テック企業の創業者は、Teslaのイーロン・マスク、Googleのセルゲイ・ブリン、Appleのスティーブジョブスのような移民出身者、またはMicrosoftのビル・ゲイツ、Metaのマーク・ザッカーバーグのような大学のドロップアウト(中途退学者)のような社会的には「Underdog - アンダードック」出身者が多いと言われます。

以前、アメリカを代表するVCの方に「成功する起業家をどう見分けるのか?」という話を聞いた際に、「起業家に"Chip on shoulder”があるかどうか。その起業家のこれまでの人生で、その原動力となる大きな挫折やそれをどう乗り越えたか?を原体験を聞く。」という話を聞いたことがあります。"Chip on shoulder"を意訳すると、”挑戦的な態度”や”憤りを感じイライラしている状態"を指します。つまり、成功する起業家には、人生の過程で、何が何でも成功をしなければならない原体験や明確な理由が存在するというものです。

この典型パターンが、「アンダードック」です。

日本には、社会システム的にドロップアウトや移民は多くはありません。しかし、日本の起業家の方々と日々接していると、「なぜそこまで成功・勝ちにこだわるのか?」、「なぜ失敗しても、恐れず高い熱量でやり続けられるのか?」、「なぜ個人・組織のバーを躊躇なく上げ続けられるのか?」と感じさせる、”アンダードッグ”的な精神を持つ起業家の方が以前にも増して増えているように感じます。個人的には、日本のスタートアップの将来が年々明るくなっているように、前向きにとらえています。

ここでは、起業家にとって大切な資質である「アンダードッグ・メンタリティ」とは何か?、なぜいま、日本でが高まっているのか?、について個人的な考察をしてみたいと思います。


アンダードッグ・メンタリティとは?

アンダードッグとは、一般的に不遇な環境などで、社会的には落ちこぼれ、負け犬と、周りから見られる人のことを指します。家庭環境が貧しかったり、社会的ステータス(学歴や職歴)が低く、周りからは「こいつは成功しないだろう」とレッテルを張られるような出自の人です。裕福な家庭に育ち、一流の教育と企業での就労経験のある、いわゆるエリートと呼ばれる人達とは真逆です。

しかし、スタートアップの世界で言うと「アンダードッグ」であることは、必ずしもネガティブなサインではありません。むしろ、起業家の希少な資質として捉えられます。この「アンダードッグ」が起業家として優れている理由を、「How Underdogs Win: The Hidden Logic Of Unlikely Entrepreneurs(どうしてアンダードッグが勝てるのか?:不世出な起業家の隠された理由」ではこのように解説しています。

  • 強烈で説得力のある目標がある:起業家の集中力と不屈の精神を引き出すのは、目標への強烈な説得力があることが重要

  • 問題をチャンスととらえる:不満や満たされないニーズを、機会として捉える傾向が強い

  • 行動至上主義である:リソースがない状況だと、綿密な計画に費やすより、小さい試行錯誤のプロセスで学ぶ可能性が高い

  • 自発的に学ぶ:不遇な成長過程から、周りの環境ではなく、自ら学びたいという欲求が強い傾向がある

  • あきらめない:過去、恵まれない環境から困難や挫折に直面しても、自ら粘り強くやり抜いた経験がある

アンダードッグというと、出自の話になりがちですが、個人的な経験では必ずしもそうではないと思います。確かに元々家庭が貧しかったり、元々不遇で夢を持ちにくい環境で育った方は持ちやすい性質だと思います。しかし、個人的には、生まれや育ちを指す言葉ではなく、以下の2つの精神(メンタリティ)を持っている人を指していると考えます。

アンダードック・メンタリティとは?
1. 自分の過去にとらわれずに、前例のない目標でも実現したいという、強烈なマインドセット
2. 周りからの「成功しないだろう」という疑いの目や、新しい行動を起こすことへの恐怖心、失敗の痛みを高いエネルギーに変換するマインドセット


アンダードッグ化する日本

では、なぜアンダードッグ・メンタリティが日本の起業家の中で高まっているのでしょうか?

日本は元々、アメリカと異なり、「一億総中流」と言われる程、格差が小さく、社会システム的にアンダードックが相対的に生まれにくい土壌だったと思います。この点が、ハングリー精神の強いアンダードッグを社会システムで作り続けていたアメリカと日本のスタートアップエコシステムの差を生む1つの要因だった考えています。

しかし、ここ最近の日本はどうでしょう?以前にも増して、「日本はこのままではヤバい」と差し迫った危機感を持っている人が増えているのではないでしょうか?先の見えない経済停滞、グローバルでのプレゼンスの低下、広がる格差、物価高と上がらない給与、社会システムの崩壊リスクと将来のお金の不安などなど。従来あった「一億総中流」の構造すら、崩れ始めていると考える日本人は増えているのではないでしょうか。ある意味、日本人全体の認識として「一億総アンダードック」化しているとも言えると思います。

以前から、「日本はこのままではヤバい」という課題意識はありました。しかし、今ほど切迫感、健全な自分ごと化された課題意識は無かったのでは、と思います。この変化が、いまの起業家の方々のこのマインドセットの高まりにつながる一端なのだと思います。

余談ですが、この変化で興味深いと思う点は、アメリカのような一部の「アンダードッグ」層だけでなく、エリート層まで幅広く浸透している点です。一流の大学を出て、高給の一流企業に勤務し、一昔前なら経済的に将来安泰と考えられていた人達です。幅広い層でこのマインドセットが広がっているとすると、日本が起業先進国となり、日本全体の変革が加速する可能性は十分にあると思います。

ちなみに、日本がアンダードッグ化していたのは、今が初めてではないと思います。戦後の敗戦国となった日本の状況は、アンダードッグといえる状況だったのではないでしょうか。その環境の中から、アンダードッグ・マインドセットの高い人達がうまれ、現在のホンダやパナソニックなど日本経済を牽引する偉大な企業が産まれ、「奇跡的な復活」を遂げられたのではないでしょうか。

現代の日本は環境は違えど、こういった強いマインドセットを持つ方が増えていると思います。VCとして、日本の起業家やスタートアップの方々と話していると、「自分はこんなもんじゃない!」、「掲げてる目標は野心的だけど、このチームなら実現できる!」「日本の可能性は世の中が思ってるより、ずっと大きい。」という言葉の端々から青い炎を感じる場面に多く出くわします。個人的に、このマインドセットの高まりは日本のスタートアップのみならず、日本の社会全体を前向きに変えていく原動力だと思います。


SaaS VCとしてのアンダードッグの精神

ベンチャーキャピタリストとしても、アンダードッグ・メンタリティはとても大切だと、痛感したことがあります。

私は、2016年にVCの世界に飛び込んで、すぐにSoftware as a Service -SaaSという分野に魅了されました。ビジネスモデルの美しさもそうですが、戦略コンサル出身の私からすると、日本のビジネスをテクノロジーで変革することに強い共感を覚えたからです。

しかし当時は、ゲーム、メディア、コマース等、コンシューマー・インターネットやモバイルアプリのスタートアップが主流で、SaaS好きのVCはいわば傍流。ニッチで、物好きな投資家と思われていたと思います。当時、「SaaSに注力しています。」というと、「SaaSでVCとして成功できるの?」「アメリカの成功事例だと、GoogleやFacebook、Appleなどのコンシューマ向けなのに、なんでSaaSなの?」などと言われることも多々ありました。

それも当然と言えば当然です。当時、日本でSaaSという言葉は普及もしていなかったですし、日本のSaaS上場企業として認識されていたのは、ラクスくらい。それも当時の時価総額は、数百億円程度しかありませんでした。

そういう逆風の中、SaaSをうたうVCはまさにアンダードッグそのものだったと思います。私もSaaSが好きだけど、周りには認められない悔しさもある一方、もっと世の中にSaaSの魅力を知って欲しいと感じていました。ブログを書いたり、海外のSaaSの情報を発信し始めたのはこの頃でしたし、その原動力はある種の悔しさがあったからです。

2018年あたりから、日本のSaaSの潮目が変わってきました。マネー・フォーワードやユーザベースの上場、その後に2019年にSansanやSansanのSaaSスタートアップの大型上場もあり、SaaSが注目されるようになりました。そして、2020年以降は、コロナを契機に、企業のデジタル化の大波と低金利により、アメリカではSaaSスタートアップの大型上場や大型調達がメディアをにぎわせ、さらに注目されるようになりました。日本でもSaaSの上場企業数も30社近くまで増加。ラクスに代表されるように、数千億円クラスのSaaS上場企業の数も一気に急増しました。

結果、国内でもSaaSスタートアップに投資をしていないVCはいないくらい、SaaSは国内のスタートアップ業界でも一大勢力になったと思います。当時は、個人的に「SaaSがやっときちんと認められた」という、ほっとした気持ちが正直ありました。

しかし、このある種のSaaSブームは一気に冷めていきました。コロナの終焉、その後の米国での金融引き締めを起点とした、「成長より利益を」求める流れによって、アメリカのみならず、日本でもSaaS企業への金融市場からの逆風が吹くようになりました。その背景もあり、「SaaSももう終わった…」と一部でささやかれるようになりました。

金融市場での逆風はありつつも、個人としては、SaaSスタートアップの日本での可能性について疑いは全くありません。その根拠は、クラウド化のマクロトレンドだけではなく、日本のSaaSスタートアップの進化そのものです。組織、事業成長、プロダクトは年々上がっていますし、その原動力となる創業者・経営陣のスキルと成長力、野心や熱量などのマインドセットもレベルが上がり続けています。この中から、今後、日本企業全体を代表するようなSaaS企業が必ず出てきて、日本経済全体を変革する推進者となっていくことを確信しています。

近年、アンダードック・メンタリティのある起業家やスタートアップのリーダーの方々が増えている中で、そのパートナーであるVCも持つべきではないでしょうか。個人的には、とても大切だと思います。現在のSaaSに吹く逆風は、自分達のアンダードッグの精神をさらに高め、スタートアップを支援するVCとして、自分達自身もこれまで以上に進化するチャンスにしたいと思います。

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