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【書籍案内】くちなし



書籍詳細

文学フリマ東京35新刊。
表題作「くちなし」、短編「花の匂い」、巻末詩集収録。
初刷 2022/11/20 / 文庫判(A6) / 本文78ページ / ¥700


あらすじ

「くちなし / 湊乃はと」あらすじ

まずは気取ったあらすじがこちら。
旧字体が読みにくいと思われるため、新字体でも以下書き起こします。

「くちなし」
──妄想と現実に境を付けるな! 雑誌広告の女に恋をする仮想恋愛小説。

紙の上に存する女に恋をした。
ある雑誌に載っていたただ三枚の広告写真の、モダンガールを気取った女が微笑みかけてくる。
その女と目が合ったが最後、俺の心はタチマチ盗まれたというわけだ。
女の素性は? 名前は?
俺は考えるでもなく女について夢想し、そしていつしか女と生活する。
絵描きの俺と、広告写真の女、友人の東家。
恋の夢想とその生活は時代を問わない。
大正末期に新時代が香る、独り善がり恋愛小説。

短編「花の匂い」
──棺に入る花は竜胆が一等良い。それは私のものであっても、その女のものであっても。
台風で増水した大川を眺めながら、このまま死んでしまえば棺に竜胆が入らないので、やっぱりやめようと思った。


冒頭

 紙の上に存する女に恋をした。濡羽の髪をおかっぱにして脛を見せる洋装はいはぬ色、椅子に腰掛ける様は毅然として、ツンと上向いた顔の燃ゆる頬に、肌は上等の正絹の白さ、薔薇色の唇が麗しい。写真であるから、その色は本当のところはわからないものの、俺にはそれらが、前述の色をしていると信じて疑えない。俺は絵描きだから、そういった色の機微には聡いのだ。きっとそのような容色の女であるに違いなかった。
 女をはじめ知ったのは、新しく刊行されると前々から大々的に広告されていた大衆雑誌で、女と出会った時のその光景は、今でもハッキリと覚えている。松の内もとうに越した新春の、よく晴れた、風は冷たいのに陽は緩い午後のことだ。六畳の狭い部屋を油の匂いで充満させ、ナイフで画面を撫で付けるのに飽きた頃、画材の生活している部屋の唯一自分のものである万年床に転がって、買ってからしばらく放っておいたそれを手にとった。正月らしい日の出を背に、髪を崩した女が淡く笑んでこちらに目線を投げかけている。もとより特段の興味もないものを無理に引き出された好奇心一存で買ったのだから、表紙の女の絵に翼が生えていることすらも気に食わず、一体何者だいと思ったものだ。
 初めは手に取りもしなかったその雑誌を手に取らせたのは、流行り物好きの東家のせいで、あれが出版する前から周りにその雑誌を喧伝し、そうこうするうちに本当に世間がその話に持ちきりになるのだから、つい読んでみようという心を持たされた。それでも表紙は気に食わないし、随分と部屋の隅で絵具の下に隠されていたのだが、それを思い出して引っ張り出したのは、つまりはただの気まぐれというやつだ。
 内容というと、経済の数字を追ったかと思えば大衆小説が挿しこまれ、落語があるかと思えばダンスの良し悪しの話まであり、あらゆる話題を網羅している。目は通すものの浮薄な内容を読み飛ばし、それが結局のところ大半でハナも引っ掛けなかったが、一通り頁を繰った中から、ハタリ、その女と目が合ったが最後、俺の心はタチマチ盗まれたというわけだ。


著者雑感

くちなしも匂わぬ間に金木犀の匂いを忘れて、
いつの間にか薄が隆盛を極めている。
下手を打つともうすぐに息が白くなって、露が凍るようになる。

いつかのメモ書きより発掘・ここから書き始めました

くちなしの花、好きですか?
初夏に香る甘い匂い。
金木犀もよく匂いの届く花ですが、あちらは樹も大きいし、どこに咲いているかすぐに分かります。
対してくちなしの花は、鉢植えだったり地植えだったり、低木の花なので、どこで咲いているのかいっこうに分からないことがあります。
強く匂いを発して存在を主張するのに姿は見せない花、それをそこにいる(ある)のに絶対に手の届かない女に見立てたところから書き始めました。
雑誌に載っている広告写真の女に恋をする話、と聞くと、だいぶん荒唐無稽なことのように思うけれども、アイドルに恋をするのとそう変わりないとも思います。
"くちなし"には会いに行けないことが肝要です。

この話はくちなしの女"千鶴子"が正ヒロインですが、著者としてはポッと出の友人"東家トウヤ"があまりによく喋るので困る困る。
ただ名前くらい出すつもりで書き出したのに、あいつは結局最後まで居座りましたね。なんだったんだあいつ。
とはいえ、東家の持ち出す浮草の屁理屈が著者は好きです。

「屁理屈だろうが何だろうが、面白いが勝ちさ。好奇心の風に吹かれてユラユラ流れる、それでいいじゃあないか」

くちなし / 湊乃はと(p.33)

また、最後の段の、香水のアレですが、実際にやってみると二、三日部屋の中がえらい匂いになるのでおすすめしません。
でもそんなに匂いの持続性はないとは思う。
そこは都合の良いフィクションです。


書影

くちなし / 湊乃はと


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いただいた感想など

少しだけご紹介します。

舊字軀へのろまんへの共感が大変うれしい……。
旧字体へのろまんは「確かに地続きで同じ場所、同じ言語のはずなのに、どこか遠く、私たちは確実に知らないその世界」へのろまんと同義です。
随所に残り香があるのに、絶対に触れられないその古き時代へのろまん……。
また、千鶴子はイマジナリーラバーなので、容姿をそこまで記述していません。
みなさんの妄想するその好い女こそが千鶴子です。


例のアレをこの本から始めました。
楽しい。ただ鳩が楽しい。小部数しか刷らないのでできること。
ぜひ本物をお手に取って見てみてください。


ぜひねこのご感想読んでください……。
著者自身がこの物語について、新たな視点を得ました。
そして一文目で笑っちゃいましたね。
自分で書いておきながら鳩もそう思います。
それから、"私"の絵は確かに竹橋にあると思う。
東家の絵は上野銀座竹橋に満遍なくあるが、"私"の絵は竹橋の常設室にあるんだよな〜〜〜(妄想)。
竹橋の常設室はほんとうに素晴らしいので、ぜひ皆さま足を運ばれると良いかと思います。思うより広いのでお気をつけて。


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