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【連載小説】はつこひ 十四話

『えー、今日はめでたい日です。なんと、今日は兄貴の二十歳の誕生日、そして、この農場を継ぐ日です。今日は特別な日なので、サプライズでお祝いをしたいと思います。兄貴がどんな反応をするかは、お楽しみです』
 カメラの主の明るい声が聞こえる。姿は見えないが、丸太小屋の中でテーブルを挟んで座る中年の夫婦らしき人物らと共に家族の帰りを待ちわびているようだ。

『ただいまー』
 玄関から体格の良い逞しい身体つきの男が入ってきた。

『兄貴、ハッピーバースデー! そして、経営者デビュー、おめでとう!』
 クラッカーが盛大に鳴り、夫婦も拍手を送る。

『わ! 驚かすなよ、ケンジ!』
 体格の良い男は肩に引っ掛かったクラッカーのリボンを鬱陶しそうに払っているが、少し眉を下げて困ったような笑顔を浮かべている。吊り上がった細い目は一見不機嫌そうにも見えるが、その瞳は潤って慈愛に満ちていた。

『そんなに照れなくてもいいよ! ね、ママ。兄貴に何かメッセージをおくれよ』
『あら、ケンジ。もしかして、録画をしているの? いやだわ、ちゃんとお化粧しておけば良かったわ』
 栗色の巻き毛を手のひらで頭に撫でつけながら、夫人は手鏡を手に取り姿を確認する。
『ママは何もしなくたって、いつも素敵だよ。ね、パパも何かお祝いの言葉をおくれよ』
『うん、そうだな。儂は農場のことは何も心配はしちゃいないよ。正也なら大丈夫だ。ケンジという頼もしい弟もいるしね。あ、大切なことを言うのを忘れていたな。二十歳の誕生日おめでとう。今日からお前も一人前だ』
『ふふ。きっと、正也とケンジがいれば牛たちも幸せに暮らせるわ。ママの自慢の子供達だもの。ほら、ケンジからも何かお祝いの言葉はないの?』
 夫人はそう言うと、手鏡を裏返して鏡面をカメラの主に向けた。

『えーっと、そうだな。兄貴の力になれるよう、俺も牛や馬の世話を頑張るよ。だから、これからもよろしく』
 鏡に映ったのは、琥珀色の髪を綺麗に七三に分けた美しい顔をした青年だった。まだ幼さの残る顔に白い歯を見せて笑顔を作っているが、その表情はぎこちない。それは間違いなくアンドロイドであり、たった今、飯村さんが収まっている青年のものに違いなかった。

「寺尾……、あれは、誰?」
「……あれは、私の弟です。勝手なことをして申し訳ありません。クリスマスの翌日、彼が今回の回収対象モデルと知り、いつものバス停に行ったのです。彼は何も知らずに、あの場所でずっとお嬢様を待ち続けていました。そのまま放っておいてはいずれ強制停止され、身体も回収されてしまう……。気づいた時には、彼をお嬢様に会わせると言いくるめて車に乗せ、ここへやって来ていました」
「それじゃあ、この身体はあの人のものなのね」
「はい。ケンジと言います。私の二つ年下の弟でした。彼の入れ替え先の身体を思案していた時……、真っ先にケンジのことが思い浮かびました。ケンジはこの映像記録をした年、十年前に主記憶装置メモリーの故障で機能が戻らなくなっていたのです。専門業者にも診せ、自分でも手を尽くしましたが回復することはなく、けれど身体を手放すこともできず、メンテナンスを続けながらここに保管していたのです」
「十年間も……」

 寺尾はどんな気持ちだったのだろう。弟として愛したアンドロイドを主記憶装置メモリーが壊れた後も諦めきれずにいた。それなのに、その大切な身体に飯村さんの主記憶装置メモリーを移してくれた。
 流れる動画を見つめる寺尾の目は今も変わらず細長く、何を思っているのかよく分からない。
 寺尾はいつもそうだ。自分が辛くても、悲しくても、私の前ではそれを決して見せなかった。感情が顔に出る時は、私のために怒るか、私の我儘に困ったような顔をして「仕方がないですね」と言って笑ってみせるか、そのどちらかだったのだ。

「……私のせい?」
「お嬢様、違います。私は……、俺は、ケンジを救えなかったんです。大事な弟だけれど、どこかで『アンドロイド』だから身体だけでも残れば俺が失敗したことにはならないと、自分を許していたかったんです。けれど、彼はまだ主記憶装置メモリーが生きている。お嬢様を思う心は生きている。だからこそ、今度はちゃんと救いたい。諦めたくなかったんです」

『♪ハッピーバースデー トゥ ユー、ハッピーバースデー トゥ ユー、ハッピーバースデー ディア 正也ー♪ ハッピーバースデー トゥ』
 寺尾の誕生日を祝う合唱が流れ始めたその時、「シューン」という音と共に映像が途切れた。

「……飯村さん? 飯村さん!」
 起動したと思った彼の目は再び固く閉じられて、何の応答もない。僅かに身体から聞こえていた低い振動音も止まってしまった。

「これはいけません。けれど……、けれど、まだ彼は終わっていません。まだ諦めてはいけませんよ」
「もちろんよ! でも、どうしたらいいのか分からないの。私にできることなら何でもするわ!」

「お嬢様にしかできないことは、ただ一つ。彼の主記憶装置メモリーがお嬢様のことを思い出せるよう、ここで手を握り、彼の名を呼び続けることです。私は、私にできることをしに行きます」

「どこへ行くの⁉」
「明日の朝までには戻ります。どうか、彼の手を離さないで」
 寺尾は柵に掛けてあった毛布を私の肩の上にふわりと被せると、そのまま踵を返して出口へと駆けていった。

「飯村さん! 飯村さん! お願いだから、目を開けて! せっかくまた逢えたのに、このままなんて嫌よ!」
 主記憶装置メモリーの異常に連動し、身体機能維持ディスクによる体温調整機能にも影響が出始めていた。彼の柔らかな肌からだんだんと温度が失われていく。

 この熱を離したくない──。
 以前よりも歳を重ねた彼の身体を、ただ精一杯抱きしめていた。

(つづく)

(2370文字)


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