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小夜啼鳥

この話は、まだ終わっていない。だから結末らしい結末はまだ書くことができない、これはそういう文章。

井の頭線に乗って、初めて降りる駅にたどり着く。路線によって街の雰囲気がぜんぜん違うのが不思議だ。その日は、涼しくなってきた最近の中では暑い日で、その時間は30度近かったと思う。
それでも、風が吹けば涼しく乾燥した空気は秋が来ていることを教えてくれていた。

そのアパートは「ロシニョール」と名付けられていた。
館銘板には、ロシニョールという文字に括弧書きで(小夜啼鳥)と記されていた。
夜鳴きのウグイス、アパート名として適しているかわからないけれど、きれいな響きだと思った。ロシニョール、さよなきどり。そう頭の中で繰り返してみる。

1階部分は駐車スペースになっており、住居は2階部分と3階部分のようだった。手元のメモを確かめる。館銘板にはメモと同じ住所が刻まれている。

ここに住むのは私の大叔母だ。つまりは、祖父の姉ということになる。
これまで一度も会ったことがない。それどころか最近まで存在を知らなかった。

緊張しながら、震える指で、チャイムを鳴らす。返事がない。もう一度鳴らす。やっぱり返事はない。
諦めることができずに、しばらく玄関前に立ってみる。物音もしない。

ため息をひとつ、それから近くにコンビニがあったことを思い出してコンビニへ向かう。便箋を買う。文字を書くスペースを探して、公園に行き着く。小さな子供を連れた家族が多い公園。お昼時間だからか、ピクニックのようにお弁当を広げたりしていて、楽しそう、楽しそうだとおもう。

空いているベンチを探して、かばんを下敷きにして手紙を書く。

私のこと、大叔母のことを知った経緯、それと、私の祖父(大叔母の弟)を探しているということ。書きながら迷う、会ったことのない親族の名前の敬称は何が適切なのだろうか、さん?様?、向こうは私のことを知っている?しらない?どうすれば詐欺だと思われないだろうか、切実さが伝わるだろうか。もう高齢だし、この文字の大きさで、読めるだろうか。

伝わりますように、伝わりますように、この一方的で身勝手な気持ちが伝わりますように。

便箋2枚分、ろくに推敲もせずに勢いで書いた手紙を折りたたみ、自分の連絡先を書き付けて郵便受けに入れる。
いつか誰か、読んでくれるだろうか。読まれることを信じられないままに手紙を書くことは初めてだった。

今はしばらく、返事を待つことだけをする。



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