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完璧な人 第5話

〜凛編〜



快晴。
この季節の雲は
輪郭がはっきり見えるな。



夏の茹だるような暑い日、
大きなスーツケースを
ゴロゴロと音を立てて引っ張り、
私はそのシェアハウスに
たどり着いた。



シャープな印象の
黒いサイディングの外壁に
欧風の三角屋根。
かっこよすぎず
可愛すぎない外観が好ましい。



旅館のような広い玄関を通り
オーナーに案内されて
中に入る。



紹介された自分の部屋は
小さいけれど南向きで
光も風もよく通り
気持ちがいい。

荷物を下ろして
簡単に説明を受けてから
シェアハウス内を案内される。


1階にある
明るいフローリングの
大きなリビングに、
人好きのしそうな 
若い男性が
眼鏡越しに本を読んでいて
私と目が合うと爽やかに笑った。



「ここがキッチンで
 あっちがリビングね。
 拓実くん、こちら
 今日から入った
 雪平凛ちゃん」


「凛ちゃん?よろしく。
 俺は工藤拓実」



私より少し
年下だろうか。
人懐っこい笑顔で
握手を求められる。
握った手が、あたたかい。



「オーナー、俺が
 案内します。
 どうせ今日、暇だから」



それじゃあよろしく、と
早々に立ち去るオーナーを見てから
拓実くんは私に向き直る。



「ここのシェアハウスは
 過ごしやすいと思うよ」

とにっこり。


「そうですか。
 この部屋もこんなに明るいから
 居心地良さそうですね」


「ストップ!ここでは
 ていねい語禁止なの!」


「え、本当ですか?」


「ほらダメだよ。
 家族と同じに思って欲しいから
 なんだって。
 だから、ですます、はやめてね。」


うん、分かっ、た。と
不自然に言う私が
気にならないように
自然に笑いかけて


「おいで!中を案内するよ!」と
腕を優しく掴んで彼は言った。







2階へと続く明るい色の
木の階段を上りきると
少しふくよかなショートカットの
女の人が部屋から出てきた。



「拓実っち、その子
 新入りちゃん?」


のんさん、と拓実くんは
話しかけて
軽く私を紹介してくれる。



「凛ちゃんかぁ!
 私、小林のぞみ。
 のん、って呼んでね〜!
 凛ちゃんは、のんより年下かなぁ?
 仲良くしてね‼︎」



キラッキラの元気な声で
そう言われる。



返事を返す間もなくすぐに

「今ね、キョーコさん
 部屋にいるよ!
 呼んであげる!
 キョーコさ〜ん!」


と、ドンドンドンドン‼︎と
近くの部屋のドアを豪快に叩く。




何よ、騒がしいわね、と
聞こえた声の主が出てきて
拓実くんと私に気づいてこう言った。



「あら〜ん、
 随分と清楚な子を
 連れてるじゃない?拓実。
 紹介しなさいよ」



セミロングのピンク色に
銀のメッシュの入った髪を
左横で無造作にまとめた
肩幅の広い
たぶん男の人が、
絵の具まみれのエプロンをしたまま
妖艶に微笑む。



「キョーコさん。
 今日から入った凛ちゃんだよ。
 凛ちゃん、キョーコさんは
 アーティストなんだ」



「アーティストですか、素敵!
 絵画ですか?」


自らの語彙力の無さに
ウンザリしながらも、
興奮して言う。



「凛ちゃんね、
 アナタ、アートが好きなの?
 アタシは絵を描いているんだけど
 興味ある?」


「はい!私、美術館巡りが
 大好きなんです!」


「あらん、可愛いわぁ、アタシの次に。
 今度アタシの作品を
 見せてあげる。
 今日からよろしくね」



「楽しくなりそうだね‼︎」
と、のんさんが喜ぶ。


「拓実、アンタ全員これで
 紹介したの?」


「いや、海斗さんがまだ」


「あぁ、ボーグね」



不思議そうな顔をした私に
キョーコさんが説明する。



「野々宮海斗っていうのが
 あと1人いるんだけど、
 ボーグって呼んでるの」



「ボーグ???
 サイボーグですか?」



一瞬キョトンとしたその場の全員が
一気に弾けたように大笑いする。



「サイボーグ‼︎ぴったり〜‼︎」


「いやだ凛ちゃん!
 アナタ、サイコー‼︎」


何が何だか分からないでいると
のんさんが教えてくれる。



「海斗はね〜ぇ、
 モデルみたいなの。
 背が高くてイケメンだし〜、
 無表情で。
 それでほら、雑誌のボーグ。
 それに出てそうだから
 ボーグって言ってんの〜」


その夜、
荷物を軽く整理した後は
みんなとリビングで
飲みながら語り合った。



「凛ちゃん、共律女子大卒なの?
 すげぇ!お嬢様じゃん!」


「分かるぅ〜、そんな感じだね〜!
 お嬢がどうしてこんなとこ来たの〜?」


「私、何も1人で出来なくて
 話すのも上手くないし、
 だから親元を離れて
 鍛えようと思って」


「偉いじゃない。
 見上げた根性よ」


「そうだよ〜!
 シェアハウスに来る人ってさ、
 何かしら思いがあるよね〜!
 自分を変えたい、とか
 目標がある、とかさぁ〜!
 のん、そういうの、だ〜い好き!」



世間のこと
未来のこと
青くさい夢までいろいろと
話込んで気づいたら
もうすぐ1日が終わろうとしていた。



「海斗、今日も遅いわね」

「最近特に忙しいみたいだね」



ちょうど
そんな話をしていたとき、
キッチンの入り口から
長身の男性が入ってきた。



「ただいま」



うわぁ、綺麗な人。



細身の長い手足、
薄めの整った顔。
背が高いのに、
猫背じゃない。



オーダーしたように
身体にフィットした
紺のスーツが
彼の雰囲気に
ぴたりと合っている。



だけど、
写真に写したときのような
静止した見た目、もそうだけど
姿勢の良さや動きの優雅さが
特に綺麗だな。



「お帰り、海斗。
 今日も遅かったじゃない」



キョーコさんに言われて
軽く手を上げた後、
冷蔵庫から水を取り出して
一気に飲み始めたその人に
拓実くんが言う。



「海斗さん、凛ちゃんだよ。
 雪平凛ちゃん」


初めまして、
と愛想笑いをして言った私を
表情の無いまま
彼は見つめる。



「ああ、今日からだったか。
 よろしく」


チャコールブルーと
いうのだろうか、
彼が持つ青のグラスさえ
空気感が一体化して馴染んでいる。



こんな濃い青が、この人の色だ。
唐突にそんなことを思った。



「海斗〜、少し飲んで行かない〜?」

のんさんが飼い主に対する
子犬のように話す。



「いや、
 明日朝早いからやめておく。

 悪いな、新入り。
 歓迎会には参加する。
 今日は休ませてくれ」



そう言って早々と
リビングを出て行ってしまった。



す、すごい迫力。



野々宮さんの第一印象は
恐怖を感じるほどの
完璧な印象のある
怖い人、だった。



まるで夜の海に
呑み込まれてしまうような畏怖。
自分が小さく未熟な
子どものように思えてしまう。





その週末、
シェアハウスで
私の歓迎会を開いてくれた。



様々なお酒や
ソフトドリンクと並んで
豪華な可愛い料理。



サラダにはエディブルフラワー。
色合いのいい薔薇の形のオードブル。



美味しいご飯を
もりもりと口に入れて
夢中になっている間に、
皆、お酒が入って
おかしな話になってきた。



「海斗〜、
 いつ抱かせてくれるのよ〜」



キョーコさんが広い肩幅で
野々宮さんに抱きつき
キスしそうな勢いで迫るので、
その顔に手を当て
無理やり引き剥がして
野々宮さんが抵抗する。



「またお前は、やめろって。
 大体どうして俺が
 抱かれる側なんだ」


「キョーコさんひどい!
 抜け駆けはダメだってば〜!
 海斗〜!
 抱きたいならアタシを抱いて〜ん」



今度は後ろからのんさんが
野々宮さんに抱きついて
甘ったるい声で言う。



「のぞみはオトコがいるだろう!
 大事にしてやれよ」



「だって〜、海斗
 スゴそうなんだも〜ん。
 セフレでいいの〜」


「お前な、
 失神させられたいのか」



きゃ〜っ‼︎と大騒ぎする
オトナガールズ?2名。



だ、ダメだ。
入っていけない。


こういう話題のとき
どうしたら良いのか分からない。




野々宮さん、
あまり喋らなそうな人だし
見た目怖いけど、
こういう話も自然に出来るんだ。



自分で勝手に思っていた
野々宮さん像が少し変わる。





誰とでも、どんな話でも
躊躇なく出来る点で
無口で勝手に同類と思っていた
自分とは違う魅力を知って
憧れに近いものさえ感じてしまう。



「凛ちゃん、大丈夫?」


お酒のお代わりいる?と
拓実くんが聞いてくる。



「ありがとう。大丈夫だよ。
 料理がすごく美味しくて
 やめられないの」



「ああ、それね、海斗さん。
 すごいよね!
 俺が来た時も
 準備してくれたんだ。

 俺のときはザ・肉!って
 感じだったけど、
 今回はちゃんと
 女の子の好みっぽいから
 びっくりしたよ」



「そうなの?すごいね!
 野々宮さん、そういう仕事なのかな?」


「いや、普通のオフィスワークって
 聞いたけど」



「誰が何だって?」



気づくと空のワイングラスを片手に
後ろに野々宮さんが立っていた。



「あ、海斗さん。
 今日の料理も最高だよ!
 凛ちゃんが美味しいって」



「そうか、良かった。
 凛、悪いなお前のパーティだけど
 仕事があるから
 俺はここで抜ける」



名前を呼び捨てで呼ばれて
ドキッとした私は
慌てて

「そうですか、大変ですね」と
答えた。



自然に返事出来たかな。



「いや、お前は
 たくさん食べて楽しんでくれ」



私の頭をぽんぽんと触って
野々宮さんは出て行った。



触れられたところがすごく
熱くなってる気がする。






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