本屋にくる人たち

朝7時50分。
街の本屋の前に、1人のおじいさんが立っていた。本屋が空くのを待っているのだ。

彼は今月で1歳になる初孫のために、プレゼントの本を選びに来た。孫娘は、彼の娘と一緒に隣町に住んでいる。遠く離れた自分の娘と、その娘の愛する子のために、彼はいつもより30分早く起きて本屋の開店を待っている。

朝7時55分。
本屋の中では朝礼が始まった。
「今日は新刊発売の日。いつもよりお客様が多くご来店される可能性があります。気を引き締めて頑張りましょう」
店長の連絡事項を聞きながら、今日の夜会う予定の彼氏のことを考える店員がいた。彼女の名前はミホ。ミホは彼氏と付き合いはじめて、もうすぐ3年になる。そろそろ結婚も考える時期。開店時間を知らせるアラームが鳴り、結婚情報誌の中身を妄想していた脳内は慌てて現実に戻った。

朝8時。本屋の開店時間だ。
おじいさんがお店に入ってきた。
スーツ姿の若い男性も続けて入ってくる。ちょっと急いでいるようだ。

おじいさんは絵本売り場を探しているようだったが、見つからずに急に立ち止まった。
スーツ姿の男性は、おじいさんに行く先を遮られ、「チッ」と舌打ちをした。今日は大事な商談があるのに、そんな日に限って会社の書類用のファイルの在庫が切れたのだ。だから、朝一番に慌ててファイルを買いに来たというわけ。
舌打ちされたおじいさんは、「あぁ、ごめんなさいねぇ」と言ってにこやかに謝る。

そんな様子を見ていたミホは、お年寄りってなんであんなに周りのことに気づかないんだろうと思った。歳はとりたくないな。

朝8時半。
さっきのおじいさんが、10冊ほど絵本を持ってレジに来た。
「いらっしゃいませ。お預かりいたします」
「あのね、ちょっとお聞きしたいんだけども、この中で1歳の子供に人気の絵本はどれですか?」
「1歳のお子様に人気なのはこちらとこちらですね」
「あぁそう、じゃあこの2冊を買います」
「プレゼントですか?」
「うん、そう。」
「500円でラッピングできますがいかがいたしますか?」
「ラッピング?あぁ、お願いします」

そうか、おじいさん、プレゼントを買いに来たんだ。ミホはなぜおじいさんが舌打ちされてもにこやかだったのか、理由がわかった。おじいさん、周りのことに気づかないのも当然だな。だって、目の前には1番大切な人の存在しか見えていないんだもの。

「ありがとうございました。またお待ちしております」
「おおきに、ありがとう」
おじいさんはニコニコと立ち去っていった。

ミホの中で、スーツの男性よりおじいさんの好感度の方がちょっとだけ上がった。私もこんなふうに、目の前の大切な人のために生活がしたいな。

朝9時。
お店には誰もいない。
ミホは品出しを始めた。

今日は新刊の入荷日。新しい本はどんな本なんだろう。
知らない世界を知るとき、ミホはワクワクするのだった。だから、ミホは本が好きだ。

(つづく)

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