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駐妻記 旅の箸休め

 帰国したら食べられないだろう、と思っていた食べ物がある。

 カップヌードルのトムヤムクン味。

 なんと現在、日本ではフツーに売っていて、フツーに食べられる。

 所狭しとトムヤムクン味が店頭に並んでいるのを見たときは、軽いショックを受けた。日本にはなかろう、と、だいぶしつこく別れを惜しんできたのだ。もともと日本の製品なのだから、ママー(タイのインスタント乾麺)に比べたら当たり前の話なのだが。ポピュラーになったことに、感慨ひとしおだ。外国で自国の「キャラの濃いアイドル」推しをしていたら自国でも売れちゃった、という気分だ。

 在タイ時、私の昼ご飯はかなりの確率でこれだった。必ずついていた組み立て式のプラのフォークが懐かしい。辛みを調節するペーストの、切り目を入れたとたんに鼻を攻撃するような刺激的な香り。絶妙なフリーズドライのエビ。

 日本バージョンのカップヌードルは、ちょっと味がマイルドな気がするのだが、気のせいだろうか。どなたか同じように感じていらっしゃる方がいれば教えていただきたく思う。

 カノムさんに「オクサン、タイ料理嫌いだもんね」と言われていた私だが、嫌いだったわけではない。でも正直、ローカルの味よりいかにも外国人向けのレストランのほうが好きだった。大声では言いたくない。なぜならこれは「本物のスシよりスシロールのほうがいい」に近いことだからだ。

 例の潔癖症の最たる時期だったこともあり、残念ながら長くいたのに屋台で食べたことが無い。屋台風、のところでなら何度か食べた。屋台料理から大型店舗を構えた有名なガイヤーンの店は何度か行った。あとは若干ローカルなタイ料理。そこが限界だった。

 バンコクには日本人の駐妻御用達のおしゃれ系レストランがいくつもあったし、帰国するころには本当に素敵なカフェがあちこちにたくさんできていたので、ランチに行くとなればタイ料理よりはそちらを選ぶことが多かった。

 そんな私なので、日本から家族や友人が来た時が、最も困った。「タイっぽい」ことを味わいたくて来るであろう親しい人たちをがっかりさせたくない。無難に外国人向けのところに連れていくほかなく、忸怩たる思いを抱いた。皆「これがタイ料理なんだね」と喜んでくれたが、たぶん本当のタイ料理ではないんだ、と、別にしなくてもいい言い訳をしていた。

 そんな、タイ料理に不案内な駐妻である私が、最も頼りにしていたのが「MK」だ。「MK」は「タイスキ屋さん」だ。タイスキというのは、日本のスキヤキに魅せられたタイ人がスキヤキをタイ化させた料理だ。スキヤキというより「鍋料理」の方がしっくりくる。野菜もキノコもお肉もいれるがしゃぶしゃぶではない。

 タイの鍋というと、日本ではコカの方が有名なのだろうか。中央が煙突状になった円周型の独特な鍋を思い浮かべるが、MKのタイスキは普通のステンレス鍋だ。日本国内にも何店舗か店舗があるらしい。

 日本から誰かが来てくれた時に必ず行ったのが日本人が多く住んでいる地区にある路面店の「MK」だ。その名も「MK金(ゴールド)」。そこは超高級料理店の店構えながら、ものすごくコストパフォーマンスがよかった。

 普通の「MK」は商業施設などには必ず入っていて、ファミリーレストラン風なのだが、そのお店だけは違う。生演奏のためのピアノが置いてあり、シャンデリアがきらめく。すごい高級感なのだ。

 そこがほぼファミレス感覚だ。鍋のタレは選べるし、味も調整できる。タイ人も日本人もお腹いっぱい。シンハービールを沢山飲んでも量もコストも大満足だ。基本的につけだれで、スープは選べるから、基本のスープにすれば小さい子供でも取り分けて食べられる。実は我が家は、家からこっそり「ポン酢」を持参していた(内密にお願いします)。

 大人は辛いタイ風のタレで食べ、子供はポン酢で心行くまで食べられる。具材も白菜やネギ、春雨、豆腐、タイのつみれやはんぺん、トムヤムクンには必ず入っているあのタイのキノコ、各種肉などまさに鍋。肉もいろいろな種類が選べるし、アラカルトで北京ダックなどもある。

 甘味は中華が多かったように思うが、色々揃っていた。息子はいまでも、胡麻団子がおいしかった、と言う。メニューも日本語メニューがあって便利だ。

 タイスキは辛い食べ物が苦手な人や、異国の料理に興味はあってもちょっと無理していたりする高齢の方や幼児連れには、ほっとする料理だ。旅の箸休めのような感じでおすすめだ。

 唯一気をつけていたのは、お店の人に具材を入れてもらう時だ。基本的には自分たちで入れるのだが、お願いしたときは店員さんが具材を入れてくれることがある。そこで良くあるのが「皿ごと入れる」ことだ。豆腐などは、うん。わかる。崩れそうだし、すごく理解できる。でも皿が半分くらいお出汁に浸かるのはちょっと微妙だった。結構あるあるだった。頼んだ手前、文句はいえないのだが。なのでできるだけ、自分たちで入れますよと言うことにしていた。

 最後のシメも、ラーメンあり、うどんあり、ご飯ありと、至れり尽くせりだ。我が家では昔から冬は鍋が定番だが、タイに行くまで基本的にはシメはうどんが主流だった。しかし「MK」の洗礼を受けてからは、インスタントラーメンを入れることが増えた。鍋の出汁が和風でも、ラーメンを入れる。息子が学校で家で食べる鍋のシメにインスタントラーメンを入れる、と言ったら驚かれたそうだが、皆さんのお宅ではどうだろう。

 私が子供の頃はご飯に卵のおじや風だったが、夫の家はうどん絶対主義だったそうだ。韓国ドラマなどを見ると、チゲ鍋のあとにインスタントラーメンを入れているようだったが、あちらではポピュラーなのだろうか。確かにちょっと辛みのある味には、袋めんが合う。タイの甘辛いタレもあうのだが、MKのタレは売っていないので(もしかしたら日本の店舗などで手にはいるだろうか)、我が家では「キムチの素」を使う。

 鍋のシメのインスタントラーメン(+キムチの素 or  ポン酢)、もしまだお試しでないのなら、ぜひオススメしたい。

 ※写真はCanva。タイスキの(無料の)写真がなくてパクチーになってしまった。ちなみにタイスキにパクチーはお好みで(だったと思う)、我が家は当時子供が小さかったのでパクチーそのものは入れなかった(と思う)。ただ、ソースにはほのかにパクチーの風味が効いていて、タイならではの美味しさが全開だった。それでいて臭くないので、パクチー好きにも苦手さんにも好評だった。








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