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Review 13 ワクワク

「読書の秋2021」、集英社インターナショナルさんの『人間の土地(小松由佳)』の感想文で、本をいただいた。

 今回はその感想文。感想文でもらった本の感想文。ややこしや。

 魅力的な新書がずらりと並ぶ中、どれにしようか迷って、こちらを選んだ。

 縄文。
 ジョーモン。JOMON。
 実に、魅力的な響きだ。

 こちらは対談本、というのに分類されるだろう。考古学者の岡村道雄氏と、作家の夢枕獏氏がメインだが、テーマによって専門家のゲストが呼ばれる。

 じつは、こちらの本を選んだ決定打は、夢枕獏氏だった。そして「空海密教と縄文の神々の驚きの関係」という惹句に心を射ぬかれた。

 私は常々、夢枕獏氏は、心の広い方だ、と思っている。

 夢枕獏氏は『陰陽師』ブームの先駆けとなったことでも有名だ。氏の本を原作として、たくさんの二次創作物が作られている。
 たとえば、私が大好きな漫画『陰陽師』は夢枕獏氏の原作で岡野玲子さんが漫画化したものだが、この漫画は途中から、完全に岡野ワールドになっている。私はその世界観が本当に大好きなのだが、原作からはどんどん離れてしまい、登場人物も増え、全く別物のようになってしまっている。原作者としてはどんな気持ちなのだろうと思っていたのだ。ところが夢枕氏は怒るどころか岡野さんの才能を敬愛し、大変面白がっていると何かで読み、すごいな、心の広い方だなと思ったのだ。

 自分が描いた小説の世界はそのままに貫きつつ独自に巻を重ね、一方で、原作とは離れた世界の広がりもおおいに許し楽しむ。自分の作品に対しての距離感が、若干フリー素材気味だ。これは案外難しいことで、できるようでできないことなのではないだろうか。実際、原作も漫画も、それぞれにどちらもとても面白い。しかし、原作をあまり変えないでほしいとこだわる原作者は多いのではないだろうか。

 そんなわけで、一種の尊敬の念を抱いていた夢枕さんが、今夢中になっているのが縄文だという。しかも、単に考古学的興味として研究を始めた、というのではなく、はじめに「縄文時代にもきっと神話があったはずだ。その神話を書きたい」という思いありきで、そのために勉強を重ねている、というのが研究の真相らしい。さすがだ。

 しかも「神話を書きたいので研究します」と始めたというよりは、趣味で釣りをしていたら釣り仲間が考古学をやっていたから聞いてみよう、みたいな流れなのだ。この対談を企画しまとめている編集者の、かくまつとむさんもまた、釣り仲間だ。

 釣り、最強。

 夢枕先生の「テーマ」には常に流れがある。その流れに浮かんだ小舟にひょいと乗って、すいすい行く感じがする。好奇心と言う釣り糸を垂らして釣り上げたものが真相に近づくヒントだったり、趣味が高じて仲間が増えていったらそれが現代におけるその部門の最高水準の専門家で、研究と密接につながっていたりする。釣りの話と考古学の話が絡み合い、趣味も実益もごった煮なのだ。途中には専門家も唸るような知識や質問が飛び出す。面白くってしょうがない。

 だからこの本は「専門家に聞く」でも「専門家会議」でもない。タイトル通りの「探検隊」なのだ。そうとしか言いようがない。対談はワクワクするような楽しさに満ちている。そこには一種の「オタク道」が一本、貫かれている。遺跡を訪ねる途中古道具屋で見つけた石を「これ、縄文の石でしょ!」と買い求めたり、縄文時代を再現した鍋を使って煮炊きをしたり、竪穴式住居風な隠れ家に泊まったり、子供のように楽しんでいる。ああホントに好きなんだな、楽しいんだな、というのが伝わってくるのだ。

 そんな風に、まったく堅苦しくない、アウトドア―で実践的な「旅する対談」なのだが、今の最先端の考古学がどういうものかが、しっかりわかるようになっている。そしてまた「縄文の神々」という小説家の想像力が、科学の申し子の研究を刺激し、新たな視野が広がっていく。

 この本の魅力は、人間の「痕跡」の中には、感情や、信仰や想像力といった精神世界がちゃんとセットになってるはずだ、という確信めいた小説家の情熱と科学者たちの当時の人のことを知りたいというロマンが重なり合うところだと思う。単なる学術的な読み物に留まらない読み応えがある。

 考古学者の岡村さんが言う。

学問の部分はあくまでも学問だけど、ファンタジーの部分は自分自身のロマンです。縄文と言う学問を基礎にしながら、どこまで当時の人間の心を読み解くことができるか。私はものに興味があるのではなく、ものづくりに関わった当時の人間の思いを知りたいのです。

『縄文探検隊の記録』p169 第六章 漆文化のルーツより

 縄文時代。1万年以上続いたとされているのに、その1万年の全貌はほとんどわからない。直近2000年のことなどは年代別に、また最近1年のことなどに至っては、言ってみれば人類のほとんどの人のログがたどれるというのに。

 学校で学んできた、縄文の印象は、こうだ。

 竪穴式住居。土偶。貝塚。狩猟採取。
 稲作渡来。稲作広まり縄文終わる。以上。

 世界史では「旧石器時代」に分類されているのに、日本ではあえて「縄文」と呼ぶ。それには理由があることが、この本でわかる。

 まだ「日本」という国が成り立つ前の「日本になるところ」は、実にクリエイティブでオリジナリティあふれる世界だった。こんなに独特な世界だったのか、縄文。

 この本を読んで、私の脳内に広がる「縄文時代」の景色がものすごく変わってしまった。

 住居は広く快適で、夏涼しく冬温かい。周辺には栗の木が立ち並び、栗の実と木は主食と普請用の木材となる。いちばん大きな家を中心に、核家族の家が集落を作る。大きな家の囲炉裏ばたには時々一族が集い、海幸山幸と栗を加工した食事は、わりと毎日結構豪華な鍋三昧。貯蔵には土器を使って土に埋めたり高床式倉庫もあった。時々訪れる「まろうど」、つまり「渡り」が、海路だったり陸路だったりから情報や高価な品物を持ってやってくる。凝ったデザインの土器は日常でも使っていた。豊穣を願う祈りやお祭りに欠かせない土偶は大切にアスファルトなどで補修しながら使われ、身に着けるためのお守り用のちっちゃい土偶もあった(これがすごくファンシーだと思った。現代日本人の血に脈々と受け継がれていると思う。今だって観光地に行けばあるような気がする。ちょっと欲しいくらい)。祭祀にシャーマンが使う翡翠や、漆塗りの髪飾りや器は丁寧丁寧丁寧に細工を施された、大陸にもないような最高級品……

 丁寧丁寧丁寧に……

 縄文はまさに『新宝島』だ!(byサカナクション)

 注:サカナクションさんの曲に『新宝島』という楽曲があり、その歌詞に丁寧丁寧丁寧の繰り返しが出て来るところから。そして「探検隊」からの連想


 おっと、失礼。
 興奮のあまり余計なことを申し上げた。
 閑話休題。

 ざっくり書いたが、考古学の専門家+知的好奇心の塊・夢枕さんのもらたしてくれる最新研究&情報量はこんなものではない。どの章もたまらなく面白い。歴史好きなら間違いなく興奮するし、たとえ歴史が好きじゃなくても「なんか田舎のばーちゃんちにこういう石あったかも」なんて思いを巡らせられるかもしれない。

 縄文と言う時代がただ独立してあったのではなく、ちゃんと今につながっていることを感じられる。中高生にもぜひ読んでもらいたい本だ。

 個人的には、考古学者の岡村さんと、植物考古学者の鈴木さんが、学者としての立場からどちらも譲らない主張を繰り広げる「第六章 漆文化のルーツ」の章は本当に面白かった。白熱教室みたい、いや、それ以上だった。

 私が最初に心を打ちぬかれた「空海密教と縄文の神々」については、もちろん正解のないイマジネーションの世界だが、夢枕氏の考えはとても魅力的だった。蝦夷えみし阿弖流為アテルイの名前も出てきて、実に興味深い仮説。帯を読んで私が想像していたことともだいたい合致していて、非常に腑に落ちた。

 ううう。早く、その小説を、読みたい、早く、うぐぐ。

 こうなったら、夢枕獏先生には早く小説にしてもらって、エンターテインメントとしての縄文の神々の話を楽しみたい、と思う。今のひそやかな願いである。

 ※ちなみに賞をいただいた感想文はこれです。👇

 


 

 

 

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