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freestyle 13 フーゴの退場

 ご縁あってコメントなどのやり取りをしているクリエーターの南口綾瀬さん。

 先日『ジョジョの奇妙な冒険』の話で盛り上がってしまい、コメントの止め時がわからなくなってしまうという事態になった。

 もう、これは、記事を書くしかない…

 思いつめたわたくし。
 コメント欄に書ききれなかった思いを記事に書こうと思う。

 ただしこの記事は、たぶん『ジョジョの奇妙な冒険』のファンの方にしか通じない話になるかと思う。そしてなんと言うか…たぶん南口さんへのラブレターでもある。

 ファンにしか通じない話なんて嫌だ、と思う方がいらっしゃるかもしれない。大変、申し訳ない。ごめんなさい。

 そして、さらになんとネタバレもある
 まだ第五部を観ていないという方は、ご注意ください。

 盛り上がりのモトは、こちらの南口さんの記事。

 コメント欄で一目瞭然なのだが、私が漫画を大人買いした話をして、南口さんの推しスタンド(スタンドとは何か、という説明は今回は割愛)の話になり、そのスタンドの主であるフーゴについて話が及んだ、という経緯がある。

 パンナコッタ・フーゴ。
 名前と穴だらけの服がちょっと、と思われる向きもあろうかと思うが、まあそれはどうでもいい。

 パンナコッタ・フーゴは、主要キャラクターであったにもかかわらず『ジョジョの奇妙な冒険』第五部の途中で登場しなくなった。

 退場の理由としては、作者の荒木先生が、途中でフーゴのスパイ設定を変えたから、という説がある。他にも1995年の連載だったので、その年に起こった事件を鑑みてフーゴのスタンドが持つ殺人ウイルスという能力の印象が良くなかった、とか、最強スタンド過ぎて使いにくかった、など、ファンの間でも色々な憶測が飛んでいる。

 フーゴは普段は温厚で賢く立ち回れるのだが、いったんキレると自分の凶暴性を抑えきれなくなるサイコな部分を持っている。裕福な家庭に育ちIQ152の天才的頭脳を持ち、13歳で大学に入る。容姿も人並み以上だったのだが、それが悪かったのか、入った大学で教授から性的関係を強要される。彼は教授を殺害するのだが、親の金の力で無罪。犯罪を犯した息子を両親は見放す。

 その後パッショーネというギャング組織に属し、リーダーのブチャラティの下で頼れる頭脳として働いていたフーゴ。仲間のナランチャとは、ナランチャが残飯をあさるような暮らしをしているのを見兼ねて、フーゴがブチャラティのもとに連れて行ったのがきっかけで仲間&友人となる。学校に行ったことがないナランチャに勉強を教えているかと思えば、問題が解けないナランチャをいきなりフォークで刺すなど極端な面があるものの、基本的には面倒見がよく、ふたりは仲の良い兄弟のような関係。ブチャラティチームのメンバーは様々な事情から家庭環境に恵まれず、精神的に問題の多いメンバーが多い。

 フーゴのスタンド「パープル・ヘイズ」は、名前からして危険。拳に殺人ウイルスを持つスタンドだ。感染すれば30秒で身体が腐って死ぬというウイルスは、ひとたび感染すればフーゴ自身ですら死んでしまうという恐ろしいものだ。一度だけ発動してしまったときは、ジョルノ(←第五部の主人公ジョジョ)が身を挺して窮地を救い、それ以後フーゴはジョルノには敬意を払っている。あんまり凶悪なスタンドなのでその後は二度と出なかった(やっぱり、消えたのはそういう事情もあったかも)。

 フーゴは物語中盤、リーダーであるブチャラティに「賛同してついていくか、いかないか」という場面で、一緒にいかない選択をしたことで、物語から消えた。スピンオフであるノベライズ『恥知らずのパープルへイズ』では、その後パッショーネのボスになったジョルノに試験的ミッションを課されているようだ。私はこのノベライズは読んでいない。

 さて、前置きが長くなったが、私がフーゴについて「書きたい」と思ったのは、この「リーダーについていかない」シーンがとても印象的だったからだ。この「ついていかない」決断に対し、ファンの間でも彼に対する評価が分かれ、結構厳しい意見も目立つ。

 曰く「裏切り者」「卑怯」「弱い」「情がない」など。

 たとえば。

 あるグループに所属していて、そのうち自分だけが違う意見を持っている、という場合、どうするだろうか。

 たとえどんなに自説に自信があったとしても、自分を曲げずにいる、というのは、困難なことだと思う。ましてやリーダーは嫌味なパワハラ上司などではない。心から尊敬する人だったとしたら。

 リーダーであるブチャラティは、ギャングとはいえ正義を愛する公平な人物で、常に相手のことを尊重する。決して自分の意志を押し付けないリーダーだ。

 問題のシーンは、保護していたボスの娘をボスに引き渡してくるはずが、なぜか娘を連れて戻ってきたブチャラティに、メンバーがいきさつと説明を求めるところだ。物語が急展開を見せる重要な場面だ。

 自分は組織のボスを裏切った、ここでメンバーとは別れる、自分についてくれば全員が組織の裏切り者になる、というブチャラティ。

「共に来るものがいるのなら、この階段を降り、ボートに乗ってくれ。ただし、俺はお前たちについてこいと命令はしない。一緒に来てくれと願うこともしない。俺が勝手にやったことだからな。だから俺に義理なんぞを感じる必要もない。だが、ひとつだけ偉そうなことを言わせてくれ。俺は正しいと思ったからやったんだ。後悔はない。こんな世界とはいえ、俺は自分の信じられる道を歩いていたい」

 それに対し真っ先に発言するのはフーゴだ。

「言ってることはよくわかったし、正しいよ、ブチャラティ。だけどはっきり言わせてもらう。残念だけどボートに乗るものはいないよ。情に流され血迷ったことをするなんて。あんたに恩はあるが、ついていくこととは別だ。あんたは現実を見ていない。理想だけでこの世界を生き抜くものはいない。組織無くしてぼくらは生きられないんだ」

 というフーゴ。その意見も正しいとしながらも、アバッキオが船に乗り、ミスタも乗り込む。震えながら行った方がいいかどうか聞くナランチャに、ブチャラティが「怖いか」と聞く。「すごく怖いよ、命令してくれよ。命令してくれたら勇気が湧いてくる」というナランチャ。

 ブチャラティが言う。

「だめだ。こればかりは命令できない。自分の歩く道は、自分が決めるんだ。だが、忠告はしよう。来るな!お前には向いていない」

 悩み苦しむナランチャ。

「本気なのか。確実に殺される。正しいからって、やれることとやれないことがある。僕らの仕事はしょせん汚れた仕事だ。こんなのは五十歩百歩の問題じゃあないのか」

 そういうフーゴに「それでもだ。おれは自分に嘘はつけない」というブチャラティ。

 ボートには6人の仲間のうち4人が乗り、陸にはフーゴとナランチャの2人が立つ。ボートが離れたのなら、お前たちは裏切り者になる、とブチャラティに言われるふたり。ふたりはそれぞれに苦悩するが、ナランチャはボスの娘トリッシュへの同情と共感を思い出し、舟を追って海に飛び込む。

「ぼくは、こんな裏切りにはのれない。正しいバカにはなれない」

 ひとり残り、つぶやくフーゴ。船が出て、フーゴの野郎、来なかったなというミスタ。判断はそれぞれの問題だ、というアバッキオ。

 このシーンに、私は軽い衝撃を受けた。

 この人(←フーゴのこと)、すごい、と思ったのだ。
 こんな場面で自分の意志を貫けるなんて、すごすぎると思った。

 相対する意見があり、それぞれ決めたことが不満でも、互いにそれを責める筋合いではない、ということがある。しかしそれが心情的に軋轢を生んでしまうことも、しばしば、ある。

 多数が心の中では「賛同すべき」と思う場面で、あえて自分の意志を貫くことは、なかなかできることではない。

 ブチャラティが自分に嘘をつけなかったのなら、フーゴもまたそうだった。

 「自分の道は自分で決めた」フーゴ。

 ブチャラティが最後にフーゴとナランチャに「船が離れたらお前たちは裏切り者になる」と言ったのは、ナランチャに「来るな」と言ったのと同じ理由で、これ以後は袂を分かつ敵同士だ、という気持ちと、組織から見てもお前たちの身は安全ではないぞ、という気持ちから「なんとか生き延びろ」という意味だったと思う。

 フーゴは、たとえ尊敬するリーダーにであっても、間違っていると思ったことをちゃんとリーダーに伝えられる人物だった。実際、その役割は既にジョルノが担いつつあったし、コメントでは南口さんが「主人公とキャラがまる被りしていたから消えたのでは?」と言っていて、なるほど、と思った。確かに!笑

 あまりにも凶悪なスタンドを持っていて自分が無意識にキレることを恐れる人物が、理性的な判断をしたことはむしろ良かったというべきだろう。もしフーゴがあの時ブチャラティについて行っていたら、ひょっとしたらメンバーだけでなく、パッショーネも人類も滅んだ可能性は捨てきれない。

 ただ、私ならあんなふうに、自分が最後のひとり、たったひとりになってしまったら、とてもこらえきれないと思う。自分を曲げてしまうだろう、と思うのだ。私もナランチャと海に飛び込むだろう。自分の心に嘘をついても。

 決断の時と言うのは唐突に訪れる。

 あのとき、フーゴはすごいと、私は思った。

 スパイとして暗躍する設定よりも、ついていって途中で死んでしまう設定よりも、その育ちと頭の良さに添う、フーゴらしいリアリティのある退場だったと思うのだ。

 つまりは、荒木先生がすごい、のだけど。

 疾走感があり、それぞれが「運命の奴隷」として命を燃やす鮮烈な第五部。『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズの中でも人気のある、オススメ作品だ。

 






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