【特集】第26回参院選(2022年)NHK党――最多の候補を立てた政党
第26回参院選(2022年)の選挙区で最多の候補を擁立した政党――そのように聞くと、少なからぬ方が自民党を思い浮かべるのではないでしょうか。けれどもそれはNHK党です。
NHK党は2013年に設立された「NHK受信料不払い党」にルーツを持ち、6年間で首都圏を主とする市議会や区議会に拡大した後、第25回参院選(2019年)で国政に乗り出します。そうして成功をおさめたのは、れいわ新選組の事例とともに、それまで政党要件がなかった政治団体が現行の全国比例で当選者を出した初のできごととなりました。
しかしガーシー氏の議員資格剥奪や党内の混乱などを経て当初の勢いは失われ、この党に対する世間の関心も今は高いとはいいがたくなっています。そこで今回は、どのような角度から踏み込めば幅広い読み手の期待に応えられるのかということに悩みました。不完全な部分もありますが、社会の一角のありかたを少しでもとらえようと試みたので、その痕跡を見ていただければ幸いです。
なお、この記事で「N国党」とは、2013年7月から2020年12月まで続いた「NHKから国民を守る党」を指すものとします。その後、この党は「NHKから自国民を守る党」「NHK受信料を支払わない方法を教える党」「NHKと裁判してる党弁護士法72条違反で」「NHK受信料を支払わない国民を守る党」などと党名を変えますが、特に実態に違いがないため、これらは区別なく「NHK党」としました。ただし2023年3月からの後継政党にあたる政治家女子48党は区別して呼んでいます。
与野党のはざまから
はじめて国政に臨んだ第25回参院選(2019年)で、N国党は比例で1議席を得て、代表の立花孝志氏を国会に送りました。しかし立花氏は当選のわずか79日後に参院議員を辞職します。このことは、先の参院選におけるN国党の狙いが他にあったことを暗示しているといえるでしょう。それは政党要件と考えられます。
ここで、政党交付金の対象となる「政党」とは、政治資金規正法第三条の定めるところの、以下に該当する政治団体とされています。
つまり、衆参あわせて5人以上の国会議員が所属しているか、前回衆院選、前回参院選、前々回参院選のうち、選挙区か比例の何か一つで2%以上の得票率(全国集計の相対得票率)を得ることが要求されています。(なおこの記事では、得票率とは相対得票率を指すものとし、絶対得票率を意味するときはそのつど「絶対得票率」と表記します)
N国党の場合、5人の国会議員を揃えられる状況にはなかったため、選挙区か比例で2%の得票率を得ることが現実的な条件となりました。しかし第25回参院選(2019年)では、比例で議席を得たものの、その得票率は1.97%にとどまります。
要件を満たしたのは3.02%を得た選挙区のほうでした。N国党はどうして選挙区で比例を大きく上回ることができたのでしょうか。このことを明らかにするために、各党が立てた候補者の数を表1にまとめました。
表1の数字は、上から順に選挙区の候補者数、比例の候補者数、「選挙区の候補者数を比例の候補者数で割った値」となっています。N国党が選挙区に立てた候補者数は比例の9.3倍で、この数字がいかに突出したものだったかがうかがえます。
それだけではありません。第25回参院選(2019年)では、主な野党は協力して候補者を一本化し、全ての一人区で与野党一騎打ちの構図をつくりました。対してN国党は協力の枠組みに入らずに独自の候補を大量に立てました。このことが、与野党のどちらにも期待しない層の消極的な受け入れ先としての地位をN国に与えることになったのです。
そもそも第25回参院選(2019年)は、補選を除く国政選挙としては今世紀初めて投票率が50%を割り、投票に行く層が少数派となった選挙でした。自公が票を減らす一方で、野党共闘の側も人々の政治に対する閉塞感を受け止めて世論を牽引することができておらず、積極的な投票先とはならなかったのです。選挙は決まった数の議席を相対評価で争うわけですから、N国党の進出にもまたその背景があるわけで、ぽっと出てきた迷惑系Youtuber政党のたまたま成功したポピュリズムというように描き出すのは一面的になってしまうでしょう。
幸福実現党の方法
N国党は、低投票率という背景のなか、大量の候補を擁立すれば政党要件が得られることを示しました。
けれどもこれはN国党のオリジナルではなく、第24回参院選(2016年)で幸福実現党が用いた方法です。第24回参院選(2016年)について、表1と同様の集計をしたものを次の表2に示しました。
幸福実現党は、第24回参院選(2016年)の選挙区に大量の候補を擁立し、得票率を1.70%まで伸ばしました。政党要件の寸前にまで迫っていたといえます。
幸福はこれを最後に大量擁立の方針をやめ、第25回参院選(2019年)では一人区の擁立を3か所(奈良、山口、宮崎)に絞りました。そしてこのとき、N国党は幸福が立てた3か所を避けて大量の擁立を行います。N国党の政党要件獲得までにはこうした流れがあったのです。
第26回参院選(2022年)では参政党がこのやり方を踏襲することとなりました。表3は第26回参院選(2022年)について、同様の集計をしたものです。
そして参政党と干渉することになったNHK党は、選挙区の得票率を大きく後退させるのです。
2度のピークと衰退
政党支持率の推移を見てみましょう。以下の図1は各社の世論調査をもとに、N国党・NHK党・政治家女子48党の支持率を平均したものです。
図1のN国党の支持率には、2019年7月の時点で大幅な伸びがみられます。これには第25回参院選(2019年)の選挙ブーストが関わっていると考えられそうです。
けれどもN国党は2013年までさかのぼることのできる政治団体で、第25回参院選(2019年)以前にも地方議員を誕生させています。ですから国政に進出する前に支持者がゼロであったわけではありません。図1で支持率がゼロから立ち上がっているように見えるのは、単に政党要件を得たことを受けて、各社世論調査にN国党の項目が追加されたことによっています。
N国党の支持率は、2020年5月にホリエモン新党が発足した頃に大きく下がりました。立花氏は2020年の都知事選にホリエモン新党から出馬しますが、そうしたNHKからのスタンスのぶれが低迷につながった可能性はありそうです。
しかし0.2%前後であった支持率は、2022年5月にガーシー氏の擁立が発表されると上昇をはじめ、第26回参院選(2022年)での議席獲得につながります。現在の政治家女子48党の支持率も0.2%ほどとなっていますが、これは一概に軽視できる数字ともいえません。
2019年4月の進出
世論調査では、政党要件を得る前のN国党の支持率はわからないのでした。そこで今度は、N国党、NHK党、政治家女子48党から当選した地方議員の一覧を作りました。選挙における実力の評価に関心があるため、居住実態などの問題で当選が無効となったものや、後に離党に至ったものも一覧に載せています。
このようにして見ると、2019年4月の統一地方選で首都圏に多くの議員が生まれており、第25回参院選(2019年)の足がかりとなっていたことがうかがえます。
2020年~2023年に当選した地方議員が少ないことは、国政に進出した後のN国党、NHK党の勢いの陰りを反映しているといえるでしょう。NHK党は第26回参院選(2022年)の時も支持率を伸ばしてガーシー氏を当選させていますが、これはガーシー氏個人の影響力によるところが大きかったのではないでしょうか。
支持者は「男子68%党」
第25回参院選(2019年)で実施された朝日新聞の出口調査から、N国党に投票した人の内訳を見てみましょう。男女には大きな偏りがみられました。
支持政党別では、自民党、その他の政党、無党派層が多くなっています。
ここで、図3にはN国党が含まれていませんが、これは出口調査の時点では政党要件をもたなかったため、調査の選択肢に含まれていなかったことによっています。ですから「その他の政党」との回答の多くは、おそらくN国党そのものを意味していたのでしょう。
若い支持層
支持層の世代が若いこともこの党の特徴です。調査では、N国党に投票した人の3分の2ほどが40代までとなっています。
10代や20代の比率は小さいようですが、そもそも現代の選挙では若年層そのものが減っています。第25回参院選(2019年)で投票に行った人の世代分布は次のようになるので、やはりN国に投票した人は相対的に若いのです。
高校生への知名度
以下に一つ興味深い調査を紹介します。これは高校生を対象として、自民党以外に知っている政党名を質問したものです。
実施したのは埼玉大学社会調査研究センターで、対象となったのは埼玉県内の浦和高校、浦和南高校、大宮北高校、大宮西高校の1~3年生でした。質問は「現在、日本の政権政党は自民党ですが、政党は自民党以外にもいくつか存在します。あなたの知っている政党名をすべてお書きください」というものでした。
調査は2019年の9月に実施されており、この前の月の埼玉県知事選にN国党の浜田聡氏が立候補しているという事情があるため、認知度が引き上げられていた面はあるのかもしれません。しかしそれでもなおN国党が2番手につけていることは驚きです。
右翼の存在
一般に、NHKに対する不満は政治的立場とは関係なく存在し、リベラル・左派の中からも、番組が政権に忖度している、国会中継を十分に行わないなどといった批判が見られます。しかしN国党やNHK党に投票した人にリベラル・左派は少なく、その重心は大きく保守・右派に寄っています。
第25回参議院議員通常選挙全国意識調査から投票政党内保革構図を見てみましょう。これは、それぞれの政党に投票した人たちについて、自らを保守と革新のどちらだと考えているかを調査したものです。
続けて第49回衆院選(2021年)と第26回参院選(2022年)のものも見ていきます。
それぞれの政党に投票した人たちの性格を簡単に位置づけるため、以上の図7~9をもとにして、「革新的」を-2、「やや革新的」を-1、「中間+わからない」を0、「やや保守的」を+1、「保守的」を+2として加重平均し、数直線上に表示してみましょう。加重平均とは、たとえば第26回参院選(2022年)のNHK党については 0.0×(-2) + 14.3×(-1) + 42.9×0 + 14.3×1 + 28.6×2 = 57.2 という計算をするわけです。これはあくまで一つのやり方ですが、それぞれの党の性格を簡単に概観する手掛かりとなります。
第25回参院選(2019年)
第25回参院選(2019年)の時点でN国党はすでに右側に位置しますが、2019年8月15日には丸山穂高氏が副党首に就任しており、党としていっそう右派の路線を明確にしたと考えられます。丸山氏は国後島訪問時の振る舞い(日経新聞:北方領土返還「戦争しないと」 維新・丸山議員が発言)が問題となり、日本維新の会を除名された経歴を持つ人物です。
第49回衆院選(2021年)
第49回衆院選(2021年)では、NHK党は右に振り切ったポジションとなっています。
第26回参院選(2022年)
第26回参院選(2022年)のNHK党は少し戻しているものの、依然として濃い右派色を持っています。やや戻したのは、政治的イデオロギーとは関係の薄い、ガーシー票が加わったためであるのかもしれません。(もっとも回答数が少ない点には留意が必要です)
デスゾーンのなかで
図10~12で、N国党、NHK党は、総じて自民党に非常に近い位置にいます。これは政党のデスゾーンに該当しうるポジションです。
上に挙げた政党のうち、デスゾーンにいながら100万票以上を獲得したのは次世代の党、保守党、たちあがれ日本に限られますが、これらはすべて現職の国会議員を複数かかえた状態で選挙に臨みました。現職がいないところから食い込もうとすると、最近では第26回参院選(2022年)の日本第一党や新党くにもりのように10万票前後にとどまるのが一般です。
けれどもN国党や参政党は、現職を持たない初回の選挙で100~200万票を獲得できています。これはどうしてなのでしょうか。
N国党や参政党はいずれも右派であるものの、右派的な主張の一本鎗で活動しているわけでありません。参政党は添加物やワクチンを忌避する層、N国は迷惑系Youtuberの野次馬という、別々の部分をとりに行っていることが鍵といえそうです。(参政党の分析の回では、参政党には極右的な性格があるものの、支持層の中心はそこにはなく、デスゾーンは回避しているという論じ方をしました)
対して右派的なイデオロギーの一本槍でやっているのが日本第一党や新党くにもりで、そうしたやり方ではデスゾーンに真っ向からはばまれることになり、得られる票数は1桁落ちるのです。
以上で前半部分の議論を終わります。後半では全市区町村の票の検討を通じてN国党とNHK党の実態を考察していきます。立花孝志氏とガーシー氏の票の分布も地図表示しました。また、地方議会の検討を行い、N国党やNHK党が進出する可能性があった市区町村を特定することを試みます。
みちしるべでは現在、各政党の選挙分析をとりあげていますが、個別の選挙や政党に限る話が内容の全てではありません。それらを通じて、今の社会はどのように見えるのかといった全体像の把握、何をすれば変わるのかといった展望を描くことを目指します。ぜひ各政党の記事を読んでみてください。