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希望する政策として改憲を挙げる国民は1割にも満たないのに、一部の政治家が誰も彼もを国民投票へ囲い込もうとしている

 今年は3年ぶりに衆参両院で憲法審査会が開かれており、国民投票法改正案をめぐって注目される憲法記念日となりそうです。国民は果たして今、改憲をどれほど望んでいるのでしょうか。世論調査をもとにして現状を見ていきます。

自民が草案を出すたびに改憲派は減っていった

 まず憲法をめぐる民意の推移を振り返るため、世論調査を平均化したグラフを検討してみましょう。下の図は、改憲への賛否を問う各社の世論調査から、憲法を「変える必要がある」「改正すべきだ」などとした回答を改憲派(赤色)に、「変える必要はない」「現在のままでよい」などとした回答を護憲派(青色)に集約したものです。

憲法をめぐる世論の推移2

 図には1985年から2020年までの35年間しか表示していませんが、もともと55年体制下(1955年~)の世論は長く護憲が主流で推移してきました。それが大きく動いたのは1990年代前半の時期で、改憲派が護憲派を逆転しています。この時期に改憲派が急増した理由としては、湾岸戦争やカンボジアPKOなどを経て自衛隊の海外派遣が問題になったことが挙げられる一方、ソ連の崩壊に前後する左派の混乱や労組の弱体化、社会党の衰退などがあったことも見落とせない背景です。

 やがて改憲派は2000年代に最高潮となりますが、小泉政権下の2005年、自民党の改憲草案が発表された頃を境に減少していきます。2011年の東日本大震災が起こると危機管理が問題となってやや戻しているものの、自民党の第二次改憲草案が発表されると退潮に向かいました。草案が発表されるたびに改憲派が減少してきたのは興味深い事実で、国民の権利を強く制限する内容が批判を呼んだことをうかがわせるものです。

 第二次安倍政権になって以降も、首相が改憲を推し進めようとするなかで世論はむしろ反対に動き、安保法が問題となった2015年には23年ぶりに護憲派と改憲派の逆転が起こりました。その後は北朝鮮をめぐる緊張のなかで改憲派がやや戻し、現在に至るまで護憲派と改憲派は並走を続けています。


現在は拮抗。しかし国民の44%が改憲を望んでいるというのは誤り

 2020年の時点では護憲派が平均41%程度、改憲派が平均44%程度で拮抗する状況です(この記事は憲法記念日よりも前に公開しているため、2021年の憲法記念日にあわせて公表される予定の世論調査は反映できていません)。とはいえ、これが直接「国民の44%が改憲を望んでいる」ということを意味するわけではない点には留意が必要です。

 それはつまり次のようなことです。

 たとえば世論調査で「500円玉のデザインを変える政府案に賛成ですか」と質問したとすると、時と場合によっては賛成が多くなることもあるのでしょう。しかし仮にそうなったところで、それは、あえていま500円玉のデザインを変える必要性を国民が感じ、その実現を望んでいるということを意味するとは言えないのです。

 もっと言ってしまうと、「あなたは歩き出すとき、右足から踏み出すのが良いと思いますか、左足から踏み出すのが良いと思いますか」という質問を行って回答を得たところで、回答者がそれを今後に関わる重要な問題だとみなしているかは別の事柄です。結果はあくまで「右足から踏み出すか左足から踏み出すかが問題になるならば」という前提のうえで、どちらか選ぶことを強いられ、囲い込まれた回答なのですから。

 これから憲法記念日に前後して様々な世論調査が出てくると思われますが、択一で行われる回答はこのように囲い込まれたものであることに注意が必要です。「新型コロナに対応するために改憲が必要だと思いますか」「新型コロナに対応するために緊急事態条項が必要だと思いますか」という質問が仮にあれば、それもまた質問文の意図する前提に囲い込まれたものであるわけです。

 最初に示した「憲法をめぐる世論の推移」のグラフも、同様に「改憲が問題になるならば」という前提のうえで選ばれた回答です。そうしたグラフをあえて掲げたのは、国民投票を想定したときに賛否の推移が意味を持つからですが、このようにして有権者が賛否のどちらかに囲い込まれていくということは、政治主導の強引な国民投票に対する大きな懸念事項といえるでしょう。


希望する政策に改憲を挙げる国民は1割未満

 国民がどのような政策を望んでいるのかということを知るためには、また別の「政策課題」を見なければいけません。政策課題は日経新聞だと、過去34年にわたって「希望する政策」「期待する政策」「取り組んでほしい政策課題」「処理してほしい政策課題」などとして質問されてきました。

 これは一貫して複数回答で、最新の調査でも「菅首相に優先的に処理してほしい政策課題は何ですか。次の11個の中からいくつでもお答えください」という聞き方がされています。

2021年4月政策課題

 この複数回答の調査の結果、「憲法改正」は8%でした。(本来であれば各社世論調査の平均を調べたいところですが、政策課題は各社とも聞いているわけではなく、最近実施したのは日経しかありません。菅政権に変わった直後の2020年9月に読売も聞いていますが、それは択一の調査で、憲法は選択肢にあがっていません。一社の調査で8%が出たということは、他社が同じく複数回答で聞いた場合、5~10%程度でばらつくことが想定されます)

 それでは時間的な推移はどうでしょうか。憲法が政策課題の選択肢に入った2000年以降を見てみましょう。

政策課題

 政策課題の質問では、憲法はこれまで「憲法問題」と「憲法改正」という2つの選択肢として登場しています。2000年に聞かれはじめてから2014年までは「憲法問題」、2006年から今に至るまでは「憲法改正」で、2006年から2014年までは実施される月によって「憲法問題」と「憲法改正」がまじっている時期です。「憲法改正」よりも「憲法問題」のほうが割合が高く出る傾向があるようにも見えるものの、いずれの選択肢でも10%前後で推移してきたことが明らかです。

 「憲法改正」は2015年に安保法が成立した前後に最高の15%となっていますが、2020年9月に安倍首相が退陣すると一桁に落ち込み、菅政権下では6%から9%となっています。これは選択肢を「いくらでも選んでください」という複数回答の質問で出てきた数字であり、選択肢を一つだけ選んで回答する政党支持率などの数字とはわけが違います。政治家はこうしたことをきちんと認識し、国民のためにいま何をすべきなのかを考える必要があるのではないでしょうか。


政治家は今、何をすべきなのか

 国民の側から改憲を望む声が多く上がってくるのなら、改憲を検討するのは理にかなったことだと言えるでしょう。けれども現在はそうではなく、一部の政党や政治家が自らの利害のために改憲を強行しようとし、有権者を国民投票へと囲い込んでいこうとしている状況です。それは国民のために働くべき政治家として大きな疑問符のつく姿勢だと言わざるを得ません。

 最新の政策課題の調査をもう一度見てみれば、政治が向き合うべき課題はおのずと明らかであるはずです。

政策課題2

 「年金・医療・介護」や「景気回復」、「子育て・少子化対策」はこれまで一貫して高水準となってきた問題です。そして至近の問題では「新型コロナウイルス対策」の71%がそれらを大幅に上回り、1987年に調査が始まって以来、最高の水準となっています。

 一部の政治家が机上で憲法の議論を進めようとする中で、いま国民のおかれた現状はどうなっているでしょうか。病院では患者が受け入れきれなくなっています。新型コロナの治療だけではなく、手術などほかの医療にも重大な影響が出ています。失職した人もいます。自殺者も増えています。自殺者が増えるのは為すべき補償がなされないからです。アルバイトができず、学費がなく学業をあきらめざるを得なくなった人もいます。子育ての環境も悪化しており、国立社会保障・人口問題研究所の推計と比べて少子化は10年前倒しになるとも言われています。

 これらは政治のもたらしたことです。政治がそういう選択をした結果です。政治家はそのことを恥じていますか。その現実に釣り合う言動をしていますか。国民が直面する状況に向き合う緊張感を持っていますか。

 やるべき補償や医療体制の拡充を満足に行わず、世論が求めていない改憲をいま主張する政治家たちからは、国民のおかれた現実と向き合う緊張感がまるでうかがえないのですよ。

2021.05.02 三春充希

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