見出し画像

【特集】第26回参院選(2022年)国民民主党――それは「野党」と呼べるのか

 国民民主党は、代表の顔は同じでも、2020年の再編の前後で異なる性格を持つ政党です。今回は前半でその不連続性を分析し、後半では一つ一つの選挙を振り返りつつ、独特の原発地盤や民社党時代からの連続性に踏み込みます。それとともに記事の各所で取り上げたのは、次期衆院選に臨む際の立憲民主党の姿勢についてでした。議論の一助としていただければ幸いです。


「旧」と「新」で異なる国民

 立憲民主党と国民民主党は、いずれもかつての民進党をルーツにもった政党です。大まかな流れを以下にまとめました。

図1.民進党以降の各政党の変遷

 この図1は、各政党の変遷とあわせて、国会議員の流れを矢印として表したものです。無所属議員の出入りや選挙の当落を反映すればさらに詳細になりますが、ここでは概観が目的なので主な動きにポイントを絞りました。

 1996年から20年間にわたってあり続けた民主党は、2016年に民進党と名を変えた後、第48回衆院選(2017年)を前にして立憲民主党と希望の党に大きく分かれます。これが図1の①にあたる発端の分岐であり、ここから始まる青のラインが立憲民主党の系列で、オレンジのラインが希望の党とその後継政党にあたる国民民主党の系列です。

 それぞれのラインに立憲民主党と国民民主党の名が2度ずつ表示されているのは、2020年に起きた政党の再編によっています。再編の前後を区別するため、以前のものを旧立憲と旧国民、新しいものを新立憲と新国民と呼ぶことにしましょう。(ただし特に区別が不要な場合には、旧立憲と新立憲は単に「立憲」と表記します)

 図1では②がこの再編の時期にあたり、旧国民はここで分裂し、当時所属していた国会議員62人のうち40人が新立憲に移りました。9人は無所属となり、13人は新国民を結成します。結成後に入党を判断した無所属が6人いたため、新国民の国会議員は2021年3月の時点で19人となりました。

 以上をまとめると、旧国民の国会議員の3分の2が2020年の再編で新立憲に行ったため、新国民は旧国民の3分の1の勢力となったのです。


維持された得票数

 票の推移を見てみましょう。次の図2は、2017年以降に行われた衆院選と参院選の得票数を表示したものです。

図2.比例得票数(全国集計)の推移

 旧国民に属していた国会議員の3分の2が新立憲に移ったのですから、それにともなって新国民は、地方の組織も従来からの支持者も失ったはずです。

 しかしながら、旧国民が第25回参院選(2019年)で348万票を得たのに対し、新国民は第49回衆院選(2021年)で259万票と一度は票を減らすものの、第26回参院選(2022年)では316万票にまで水準を戻しました。旧国民と遜色ないだけの票を、新国民になってからも得たのはどうしてなのでしょうか。この票はどこからやってきたのでしょうか。


伸びたのはどこだ

 地域的な票の増減を見てみましょう。次の図3は、第25回参院選(2019年)の旧国民と第26回参院選(2022年)の新国民について、絶対得票率の増減を表示したものです。図4には、この2度の参院選の選挙区における擁立状況の変化をまとめました。さしあたり図3を見ていきますが、後ほど比べやすいよう、先に並べて掲示しておきます。

相対得票率と絶対得票率
 投じられた有効票のうち、特定の勢力が獲得した割合を「相対得票率」といいます。他方で、棄権者も含めた全有権者のうち、特定の勢力が獲得した割合が「絶対得票率」です。一般にマスコミなどで断りなく「得票率」というときは相対得票率を指しています。相対的な票の量で当落が決まるため議席を論じる際には相対得票率が適しますが、前回選挙との比較では、得票数が変わらない場合でも、投票率の上昇に応じて相対得票率は低下して見えることに注意が必要です。そうした比較をする際は投票率の変化に左右されない絶対得票率が有効で、有権者数に変化がない場合、絶対得票率の増減は得票数の増減と整合します。

図3. 旧国民と新国民の絶対得票率の増減
図4. 旧国民と新国民の擁立状況の変化(公認候補に限る)

 まず図3ですが、この図では絶対得票率が増加した市区町村を黄色から赤の配色で、減少した市区町村を水色から青の配色で塗っています。

 山形県の伸びが目を引きます。また、千葉、埼玉、東京、神奈川、愛知、大阪などの人口密集地でも票が増えています。これらを解釈するために、次に少々「連動効果」に触れておくことにします。 


「擁立せよ、さもなくば滅びよ」

 図4で選挙区の擁立状況をとりあげたのは、現行の国政選挙には連動効果があるためです。連動効果は選挙区と比例代表がもつ相互作用で、典型的には選挙区で候補者を擁立すると、その地域の比例票が増えることが挙げられます。(これは参院の選挙区でも、衆院の小選挙区でも見られることですが、ここでは一般に「選挙区」と表記します)

 まず、1回の選挙の連動効果そのものは次のように考えます。

擁立 :選挙区に公認候補を立てた場合。連動効果がプラスに働く。

非擁立:選挙区に公認候補を立てなかった場合。連動効果は働かない。

 2回の選挙を比較する際、連動効果の変化を次の4つに分類して考えます。

参入:前回は非擁立とした選挙区に、今回は新たに擁立した場合。連動効果はプラスの変化をもたらす。

撤退:前回は擁立した選挙区を、今回は非擁立とした場合。連動効果はマイナスの変化をもたらす。

継続:前回も今回も擁立した場合。連動効果は変化しない。(条件付きでややプラスとする研究も存在する)

空白:前回も今回も非擁立とした場合。連動効果は変化しない。

 比例票は党勢を表すバロメーターといえますが、より詳しくは党勢に対して様々な効果が働きます。連動効果はそうした効果の一つであり、なかでも特に明確な影響力を持っています。

 連動効果はなぜ存在するのでしょうか。それは、選挙区で候補者を擁立すれば、選挙カーが回り、演説が行われ、その候補が政党の「顔」となって地域の人たちに訴えかけるので、政党の認知度や選挙に対する意識が高められると解釈することができます。他方で選挙区に候補者を擁立しなければ、活動量が低下するだけでなく、その地域の支持者に失望が広がったり、棄権したり、他党に流れることも起こりえるわけです。

 野党は選挙戦略として、しばしば候補者の一本化を試みてきました。これは選挙区において一定の効果を発揮しますが、一本化のために候補者を降ろした政党は、比例代表で連動効果による不利益を被ります。「擁立せよ、さもなくば滅びよ」というのが現行の制度であり、選挙区における一本化は、比例代表の観点からは禁忌になるというわけです。政策協定などの利得もなく黙って候補者を降ろした政党は、票も、議席も、有権者に訴える機会すらも失って、衰退が避けられないものとなるのが現実です。

 けれど本当は、擁立しないことによる失望は回避しえるのです。我々はこのような目的のために協定を結び、このようなプロセスを経て一本化に至ったのだということを説明し、それに支持者が十分に納得すればよいわけです。それが支持者なり有権者なりを信頼し、民主主義の土壌をたがやしていくことにほかならないのではないでしょうか。そうしたことが実現しているところでは、候補者をおろしたのにもかかわらず比例票が伸びたようなケースも見られます。

 一本化には地域ごとの事情も深く関わるためあまり雑なことを書くわけにはいかないのですが、「協力してこれを実現するのだ」という明確な意図のない、支持者が納得しないような一本化が負の側面を持つというのはデータで明かされていることです。


旧国民と新国民の増減をとらえる

 さて、図3は比例代表の絶対得票率について2回の選挙の増減を表示したものであるため、参入(非擁立→擁立)か撤退(擁立→非擁立)で連動効果が変化した場合に影響が表れます。2回の選挙で継続して擁立した場合、連動効果は2回ともプラスの方向に効きますが、それゆえこの効果による増減は生じません(※注)。ですから図4は、参入をプラスの変化としてオレンジ色で、撤退をマイナスの変化として水色で塗っています。

※注:継続(擁立→擁立)では、支持層が固まるのでややプラスとする研究もあります。しかしより詳細には、継続であっても、選挙区の候補者が有力である(たとえば選挙区の得票率が高い)ほど、比例票の引き上げに対する寄与も大きいと考えることができるかもしれません(たとえば選挙区が強い候補から弱い候補に変わったような場合、撤退するよりは良いものの、一定のマイナスの変化があると評価できるのではないかということです)。これは評価法を検討しているところです。今回は、擁立状況が変化した場合、つまり参入と撤退にのみ注目します。

 図3と図4を見比べてみましょう。図3では山形県の増加が最も目を引きますが、これは図4でオレンジ色となっており、参入によるプラスの変化があったことがうかがえます。千葉県、岐阜県、香川県、徳島県、大分県も同様で、これらの地域の比例の伸びは連動効果で一定の説明をすることが可能です。他方で撤退した長野県、静岡県、佐賀県、長崎県では激しく票が減っています。

 また、継続や空白など、擁立状況に変化がない地域の多くで票が減っているのは、党勢そのものの後退を反映したものといえるでしょう。これは2020年の政党再編で地方組織を失ったことの表れです。

 これに対して、都心近くや、中京圏、近畿圏の都市部では、継続であったり、むしろ撤退がおきている地域もあるため、連動効果では票が増えたことの説明がつきません。つまり連動効果を打ち消すほど強い何かがあり、選挙による支持層の取り合いとは別に、都市部の浮動的な層が新国民に乗っているようなのです。そしてこの増加にこそ、新国民の票が維持された原因があるはずです。


入れ替わっていた支持層

 次に示す図5は、第26回参院選(2022年)で新国民が集めた票の内訳です。

図5. 新国民に集まった票の内訳

これは明るい選挙推進協会による第26回参議院議員通常選挙全国意識調査の、前回選挙と今回選挙の比例投票先の集計表をもとにして、「第26回参院選(2022年)で新国民に投票した人が、第25回参院選(2019年)でどこに入れていたか」を逆算したものです(逆算には出典 p.42 表5-3 のデータを用いました)。

 この図5は、全体が第26回参院選(2022年)で新国民に投票した層となっています。その内訳を見ていったとき、33%が第25回参院選(2019年)当時の自民から流れ込んだ層、28%が当時の旧国民から維持された層、15%が当時の旧立憲から流れ込んだ層、などとなるわけです。

 新国民という限られた層の内訳なので回答数が少ないことに留意が必要となりますが、旧国民から維持された層がそれなりに小さいことと、自民からの流れ込みが起きていたことは有力とみられます。

 国民民主党という同じ政党名であり、得票数が維持されていても、その票を支えた層には大きな入れ替わりがあったのです。これが旧国民から新国民にかけての不連続性といえるでしょう。


それは野党と呼べるのか

 2022年2月21日、新国民は、22年度の当初予算案に賛成する方針を表明します。これを受けてぼくは即日「国民民主党所属の野党統一候補というのは、今日をもって存在しえなくなった」と書きました。これは、「それは野党と呼べるのか」という問いかけである一方、情勢の見通しが定まったという意味でもあり、実際に第26回参院選(2022年)で新国民が擁立したところは全て新立憲と新国民、あるいは共産と新国民の分裂選挙となったのですが、当時は次のような反応も見られました。それはたとえば、自分たちの考えに近いものは賛成、そうでないなら反対のカードを切って、自分たちの政策をできる限り実現できるように妥協点を探るのが理にかなっているというものです。

 しかしながら予算案に賛成するのは、内閣の責任による一年間の国政方針の財源的な裏付けを支持するということですから、個別政策に対する賛否とは別格とみなされるのが当然です。

 新国民が図5のように自民票を取り込んだ背景の一つにはこうしたできごとがありました。選挙において自民党支持層の取り込みは重要なテーマであるものの、自民党に迎合することを通じてそれをなしたところで、それは野党の強化に寄与するものではありません。

 新国民は第49回衆院選(2021年)から第26回参院選(2022年)にかけて票を増やしたため(図2)、これをもって「対決より解決」を掲げた提案路線の成功と言われたりもします。確かに自民に親和的な新国民に関しては、そうした見方も成り立ち得るのでしょう。けれどそのような見方を野党第一党にまで拡大するのは誤りと言うほかにありません。

 当時、立憲の泉代表は、新国民を「兄弟政党」と呼び、第26回参院選(2022年)に向けて「提案型野党」を掲げました。自民党に対決するよりも、政策提案を重視するということです。

 しかしながら、こうした路線は自民支持層などの保守票を獲得できなかったばかりか、むしろ従来の支持者の失望や無党派層への訴求力の低下を招き、大量に票を失うことを結果したのでした。野党第一党が自民党にたいして対立軸を欠いたのは致命的な間違いとなったのです。

 このときの立憲の事情は、以前のこの記事でデータを挙げながら述べているので、必要に応じてご覧ください。

 すでに図5で見てきたように、旧国民と新国民の支持層は入れ替わりを経ています。ルーツは民進であるものの、新国民の支持層は自民と親和的なものとなっており、提案路線や、予算案に賛成するなどの「迎合路線」で一定の成功を見たわけです。けれど立憲に関しては、支持層の性格はそれとは大きく異なっているのです。立憲に投票してきた無党派層の性格もそうなのです。そこを見誤るから、第26回参院選(2022年)の立憲は悲惨なことになったのです。

 しかしながらその後の立憲のあり方を見るに、第26回参院選(2022年)の敗北から学びを得たとは言いがたいものがあります。一度は選挙総括のなかで提案型野党の標榜を議席減の原因に挙げているものの、それがどこかに置き去りにされてしまっているのではないでしょうか。果たして今のままで、先に第26回参院選(2022年)で失った票を取り戻すことが可能なのでしょうか。

 先日、立憲の泉氏は、国民について「ともに政権を担える仲間だ」と述べています。けれど玉木氏の発言は「自民のアクセル役」でした。

 去年の10月の時点で「差がない」と述べていた維新に関しては、馬場氏は「第2自民党でいい」と言っています。

 こうした泉氏の姿勢が今なお自民党との対立軸を不明瞭としているのは言うまでもありません。そしてその結果、次期衆院選に備えなければならない時期であるのにもかかわらず、立憲の支持率は今年1月から下落を続け、現在はこれまでで最低の水準となっています。(支持率のグラフは以下に掲載しています)

 結党直後から守ってきた野党第一党の座を手放す時が刻々と迫っているのです。今の姿勢が果たして正しいのか、立憲は再考する必要があるでしょう。

 なぜ対立軸が重要であるのかがわからないのなら、ぼくは繰り返し説明します。

 いま立憲が掲げている「もっと良い未来」というフレーズからは、すでに行く手にそれなりに良い未来があるような印象を受けますが、現実はそうではありません。バブル崩壊からの30年あまり、生活は豊かになるどころか実質賃金は落ちています。生活水準の後退は親から子を見る余裕を奪い、子育ても、また教育も、すさんだものになっています。地方の人口減少は加速しています。税収減によって行政サービスが劣化し、採算の取れなくなった交通機関や企業も撤退するなどして、人口が減ることそのものが人口減少を招く連鎖が地方の暮らしを脅かしています。こうしたことは少し社会を見ていればたやすくわかるはずなのです。

 これをこのまま5年も10年も続けるか、それを変えるかという選択があるのです。危機は政治の結果です。この危機をもたらした与党の政治を変えていかなければならないということです。

 この全国的、全分野的な衰退、日本社会の崩壊という問題の中で、何者かが新しい社会像を描き出し、その実現に向けて動かなければなりません。問題は深刻です。この社会が社会として維持され、人々が生き延びるということをどう実現していくかに関わっているのです。理論を鍛え、言葉を鍛え、組織を鍛え、未来社会を引き受ける覚悟を持った担い手が生まれてこなければなりません。それを引き受けていこうとするのが、この時代に野党として政治に関わることになった者の使命ではないでしょうか。

 そうした内実を鍛え、覚悟を持って堂々とたたかう者にこそ有権者は希望を見出します。選挙を必死に支えます。昨今の国政選挙で立憲が競り負け続けているのはその熱量がないからです。かつての立憲にはあったのです。そしてまた、そうしたたたかいの中でこそ無党派層が関心を持つのです。与党の支持層がこれではいけないと気づいて、野党の側に回ることもおきるのです。

 いくら与党が強かろうとも、それに迎合することでその強さにあずかれると思うのは間違いです。文句を言わず、物分かりよくニコニコしていれば支持されると思ったら間違いです。なぜなら政治には、野党には、その存在理由の根底に権力の取り合いがあるからです。自民党とは別の存在として政治を動かすということがあるからです。

 厳しい話ですが、以上をあらためて問いかけて前半を終わります。


 さて、ここまでは旧国民と新国民の不連続性に注目し、あわせて立憲などについても議論してきました。他方で新国民は、民主党すら誕生する以前からの、60年にわたる連続性も持っています。それが、現在でいえば連合右派の組織票の存在です。以下では希望の党、旧国民、新国民の市区町村ごとの票の動きを地図で検討したうえで、連合の支持基盤や、かつて社会党の支持基盤であった総評と民社党の支持基盤であった同盟の地域的な力関係まで踏み込みます。

 みちしるべでは現在、各政党の選挙分析をとりあげていますが、個別の選挙や政党に限る話が内容の全てではありません。それらを通じて、今の社会はどのように見えるのかといった全体像の把握、何をすれば変わるのかといった展望を描くことを目指します。ぜひ各政党の記事を読んでみてください。

ここから先は

9,652字 / 17画像 / 9ファイル

みちしるべ

¥500 / 月
このメンバーシップの詳細