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読書メモ|言語の本質

オノマトペは基本的に物事の一部分を「アイコン的」に写し取り、残りの部分を換喩(メトニミー|metonymy)的な連想で補う

第1章 オノマトペとは何か

 オノマトペのアイコン性はそれを構成する音にも認められる。 
 日本語のオノマトペはとりわけ整然とした音象徴の体系を持つ。すぐに思い浮かぶのは「清濁」の音象徴だろう。「コロコロ」よりも「ゴロゴロ」は大きくて重い物体が転がる様子を写す。(略)gやzやdのような濁音の子音は程度が大きいことを表し、マイナスのニュアンスが伴いやすい。(略)52%が「コロ/ゴロ」のように清濁についてペアをなす。日本語の音象徴の「軸」と言って良いほどの重要性を持つのである。
 まず「あ」が大きいイメージと結びつき、「い」が小さいイメージを結びつくのはなぜか?これらの母音を発音する際の口腔の大きさである。口内空間の大きさがイメージの大きさに対応するというのは、きわめてアイコン的でわかりやすい

第2章 アイコン性_形式と意味の類似性


オノマトペの脳活動

 オノマトペは外界の感覚情報を音でアイコン的に表現するが、そのとき脳は、その音を環境音と言語音として二重処理するのである。(略)環境音というアナログな非言語の音の処理とデジタルな言語の音の処理をつなぐ言葉であるとも言える。つまりオノマトペは環境音と言語の両方の側面を持つことばであると言えよう
 音象徴に言語間で差が生じる大きな理由は、音韻体系の言語差である。例えば日本語はθとsの区別もʌとæの区別もしないので、sad(悲しい)もthud(ドサッという音)も「サッド」だ。berryもveryも「ベリー」となる。したがって英語のオノマトペでなら詳細に写わけられる物事を、日本語のオノマトペではできないという状況がありうる。

第2章 アイコン性_形式と意味の類似性

コミュニケーション機能、意味性、超越性、継承性、習得可能性、生産性、経済性、離散性、恣意性、二重性、という10個のキーワードからオノマトペが一人前の言語の一員であるかを検討する。経済性以外は、言語の大原則のゴールドスタンダートとして言語学界隈では今なお広く論じられている。
 私たちは言語にできる限り多くの情報を盛り込もうとする。その一方でできる限り単純であった方がいい。言語のこのような特徴はしばしば「経済性」と呼ばれる。少量の表現でたくさんの内容を伝えたい。経済性は言語のさまざまな側面に現れる。そのひとつが多義性である。(略)言語に多義語が多いのは、すべての意味について異なる形式が存在していたら意味の数だけ形式を覚えなくてはならない。(略)1つの形式に複数の関連する意味が対応していれば、覚える形式が1つで済む。
 「パターンの二重性」とは音声言語を構成する音のひとつひとつは意味を持たないが、その連なりは単語や単語の部品として意味を持つという特徴を指す。

第3章 オノマトペは言語か


オノマトペは言語か
身体と一般言語をつなぐオノマトペ
親たちは子供に話すときの方が頻繁にオノマトペをつかう

  「ボールをみて」「正しく反応」するためには複雑な情報処理が必要で、11ヶ月の赤ちゃんには情報処理能力の点からハードルが高い。(略)脳の情報処理は、電気信号の伝達で行われる。(略)1歳を過ぎた赤ちゃんに知っている単語を聞かせ、モノを見せた時、モノと単語があっているときと、あってないときで違う脳波のパターンが見られるのだ。
 たとえば「イヌ」という音なのに「ネコ」の絵だとする。「イヌ」と「イヌ」のときと比べて、脳の左右半球の真ん中付近、正中線上に沿った部位お電位が下がる。これは大人でも単語と指示対象が不整合だったり、文脈に合わなかったときに見られる反応でN400と言われる。Nはネガティブ、400は400ミリ秒を指す
 言語学習を本格的に始めていない赤ちゃんも、言葉の音と対象があうと右半球の側頭葉が強く活動することがわかった。脳が音と対象の対応づけを生まれつき自然におこなう。
 ヘレンケラーはwater以前にも、モノを手渡されるときに、サリバン先生の指が別々の動きをすることに気づいていたが、それがその対象の名前だということには気づいていなかった。それまで指文字を覚え、綴ることもできたが、「猿真似だった」と回想している。waterという綴りが名前だと気づいたとき、すべてのものには名前があるのだという閃きを得た。この閃きこそ名付けの洞察で言語習得の大事な第一歩だ
 「切る」のように音と意味の関係がわかりにくいと子供や外国の日本語学習者は戸惑うだろう。しかし「コロコロ」だとその音から軽い、丸いというイメージを持ちやすいので、かなり離れた意味もなんとなくわかる感じがする。この経験が子供に「言葉の意味は文脈によって変わる。自分の知っている意味を押し付けて解釈するのではなく、文脈に合わせて意味を考える方がよい」という洞察を与えると考えられる。
 まとめると、言語習得におけるオノマトペの役割は、こどもに言語の大局観を与えることと言えよう。
 

第4章  子供の言語習得

 言語と感覚とのつながりをまったく知らない子供が、辞書を引いて言語を学習することは不可能である。
 ことばをつかうとき、脳はピンポイントで想起したい単語をひとつだけ想起するわけではない。同じ概念領域に所属する似た単語や似た音を持つ言葉が一斉に活性化され、活性化された言語たちの間で競争がおこり、生き残った言葉が最終的に意識に上って「想起」される。似た意味で似た音を持つ単語が多数あったら、情報処理の負荷は非常に重くなってしまう。音と意味のつながりがない方が情報処理に有利なこともあるのだ。
 語彙量が少ないときはオノマトペが学習を促進するが、語彙量が増えてくるとアイコン性が高い言葉ばかりでは学習効率は阻害される。
 小学生の調査で、で、0.5と1/3はどちらが大きいかという問いでの正答率は42.3%という低さであった。中学生でも1/2や1/3のような基本的な分数の意味を理解していない。小学生のときに基本的な分数の概念を接地できなかったため、初歩的な問題すらわからない中学生。それに対して意味はまったく接地していなくても、どんどん概念を学習し、問題を解き(少なくとも表面的には)正しい答えを出力できるAI。人間は記号が身体、あるいは自分の経験に接地できていないと学習できない

第5章 言語の進化

 演繹推論、帰納推論、アブダクション推論のうち、つねに正しい答えを導くことができるのは演繹推論である。帰納推論はサンプルの99%があてはまる事象にもとづいて「すべてのXはAである」という一般化をしてもAでないXが一事例でもみつかれば論理的には偽になってしまう。アブダクション推論はそもそも仮説にすぎない。(略)しかし、この3つの推論のうち新しい知識を生むのは帰納推論とアブダクション推論であり、演繹推論は新たな知識を創造しない。

第6章 子供の言語学習2 _アブダクション推論篇

原因と結果をひっくり返す。大人でもよくあることである。たとえば、いつも店の前に長い行列がある店があると「(おいしいから混んでいる)ではなく」「混んでいるからおいしい」と考え、つられて並んでしまう。これと関係するのが必要条件と十分条件をひっくりかえすバイアスだ。筆者たちは大学生を教えているが「8割の出席が単位取得の必要条件」と伝えると、多くの学生は「8割出席すれば単位がもらえる」と思うのである。
 人間はあることを知ると、その知識を過剰に一般化する。ことばを覚えると換喩、隠喩を駆使して意味を拡張する。現象を観察すると、そこからパターンを抽出し未来を予測する。それだけではなくすでに起こったことに遡及し、因果の説明を求める。これらはみなアブダクション推論である。人間にとってもっとも自然な思考であり、生存に欠かせない武器である。

第7章ヒトと動物を分つもの_推論と思考バイアス

今井むつみ先生と、秋田喜美先生の共著でベストセラーです。だいぶ前にこの動画をみて、今井むつみ先生のファンになり、「学びとはなにか」を読み、読書メモも書きました。今回「言語の本質」を読了後、再度同じ動画を見たのですが、以前より納得感が強く、知識によって自分が更新される実感ができました。結構アドレナリンのでるポジティブな気付きで感謝です。

今、よみかけの本にも、少し関連するようなことが書いてあったので、チラッと引用します。概念を接地できないままそれっぽい答えを返すAIが重宝されるわけだよなあ・・・

悪い戦略がはびこるのは、分析や論理や選択を一切行わずに、地に足のついていない状態で戦略を拵え上げようとしているからである。背後には面倒な作業はやらずに済ませたい、調査や分析などしなくても戦略は立てられるという安易な願望がある。つまり、ハードワークを避けた結果なのである。考えるのは大変だし選ぶのは難しいからだ。

「良い戦略、悪い戦略_リチャード・ルメルト」

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