見出し画像

不倫沼⑤

Fの奥さんが身籠っているという事実は、だんだんと私を蝕んでいった。

利用されているのはどこかで分かっていながら、私はFから離れられずにいた。

何が良かったのか?

会えば「可愛い」「セクシーだね」と言ってくれるF。

職場でもどこにいても、私のことをいつも気にかけ、見つめてくれて、求めてくれた。

しかしFは、
「私のこと好き?」
という質問に対しては、絶対に答えてはくれなかった。

「好きって言ってよ」
と言っても、なんだかんだとはぐらかされた。

代わりに私は聞いた。
「誰でもいいんでしょ」

Fは少し考えてから、
「恋と愛とは違う」
と答えた。

私はその答えに絶望した。

自分は愛されているわけではないんだと、心から思えるものだった。

それから私の行為はますますエスカレートした。

緊縛、自慰行為を見せ合い、マットの上でドロドロに溶け合いながら、隠すところはどこにもないくらい自分を曝け出した。

身体をこれ以上ないくらいくっつけ合うことで、Fの心にもっともっと近づきたかった。 


「旦那さんともこういうことするの?」

事の最中にFは聞いた。

「しないよ」
と私は答えた。

「いつも情熱的だよね」
「そう?」
「うん」

胸のどこかで、
「それは好きだからだよ」
と言う言葉を飲み込んで、私は逆に意地悪く聞いた。

「奥さんとはこういうことするの?」

するとFは即座にこう答えた。

「うちのはこういうの嫌がるから」

私はその言葉に憎しみすら覚えた。休みの日には私とばかり会ってるくせに、奥さんもきちんと尊重し、大事にしているその姿に眩暈がした。

しかし、どうしてもFのことを嫌いになることはできなかった。

ある日、耐え切れなくなり私は泣いた。

溜めた思いを隠しきれず、ホテルのベッドでFに背中を向けて涙を流した。

Fは私が泣いているのに気づいていた。

でも、「大丈夫?」と言ってくれることも、後ろから抱きしめてくれることもなく、ただただ長い沈黙が続いた。

私は全てを諦め、「帰るね」と言って、一人でホテルを後にした。

真夏の蝉がわんわんとそこら中で鳴き喚く中、私は、引き返すなら今しかないと思いながらも、自分がどこに行っていいかも分からず途方に暮れた。

私の安心する場所はどこにもなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?