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友人が常連の居酒屋、気まずさと酔い。

地元の親友とも呼べる、マサト君という人物がいる。彼とは中高の同級生で、お互い気を遣わず話せる、趣味も合ってるときて意気投合したのだ。

高校では同じ部活に入り、帰り道を共にし、下らない話で笑い合った。時にはケンカをし、深そうで浅い話をし、涙を見せたこともあった。
そんな二人が大人になれば必然、することはそう。
飲みである

お互いが成人してから数ヶ月後、マサト君から一件のLINEが入った。

飲み行こうぜ

俺たちの間に、それ以上の言葉は必要ないだろ。
と言わんばかりの一言で思わず

御意

ときょうびヲタクしか使わない返事をした。
もちろん内心はドキドキ、「ついにこの時が」とニヤけてすらいたかもしれない。

ややあってマサト君から着信があり、集合場所と時間だけが簡潔に伝えられた。
自分は既に酒の味を覚えていたが、こういう形で飲みに行くのは初めてのことだ。まるでデートにでも行くかのように心を踊らせ、家を後にした。



現地集合とのことで、電車に揺られ中野に到着。
すっかり日も暮れた駅から徒歩数分の店に向かうと、既にいつものマサト君の姿があった。

店はと言うと、こじんまりとした、いかにもな個人経営の居酒屋という店構えだ。中々に年季は入っているが、居酒屋なんて年季が入ってるほど良いんだ。ナイスセンス。さすがは親友。

「お〜。雰囲気いいじゃん」
「そうだろ。実は俺ここの常連でさ」

……ん?ちょっと待て。

「何回も来てるってこと?」
「そうそう。たまに仕事帰りに一人で。そこでマスターに気に入られちゃってさぁ」

これは予想外だった。マサト君は自分とは気兼ねなく接していたものの、学生時代は一人で飲食店に入るのも苦手、という人種だったからだ。
まぁ大人になるってそういうことなのかな、と一瞬間があり「なるほどねぇ。じゃあ美味いモノ教えてくれよ」と動揺を隠しながら、店の中へ入っていくのだった。



「いらっしゃい!」

いかにもマスター然とした、スキンヘッドにハチマキを巻いた中年の男性が、洗い物をしながら笑顔で迎える。決して広いとはいえない店内には既に先客がおり、他愛もない話で盛り上がってる。

「マスター、いつもの!」

席に着くなり、マサト君がいつにも増して陽気な感じで言う。しかしマスターは眉間にシワを寄せ

……えぇと、いつもの?なんだっけ

不穏な空気を感じる。

「だから〜いつものだってば〜」

マサト君は怯む様子もなく続けるが、マスターは苦笑いと共に小首を傾げている。

「バイスサワー!いつものじゃん〜」
「あぁ〜。バイスサワーひとつね」

……どこか噛み合っていない。マサト君が常連であるならば「いつもの!」に対するリアクションがこうとは思えない。

「ツレの兄ちゃんは?」
「あ……僕は生ビールください」
「あいよっ」

マスターが厨房の奥へ消えたところで、俺はマサト君に恐る恐る聞く。

「ここ、何回ぐらい来てるの?」 
「うーん、今日で三回目かな

極めて微妙なラインである
常連、という肩書きを聞いた時はまさに「いつもの!」「あいよっ。いつものね!」というシーンを想像した。しかし今回で三回目。今回を抜いたら二回である

モヤモヤした気持ちのまま酒を待っていると、入口の引き戸が景気よく開いた。

「どーも〜」
「おぉ〜ナカザキさん!らっしゃい!」

スーツに身を包んだ中年の男性、マスターは表に出てくるとまた屈託のない笑顔で迎える。
いかにも常連だ。やっぱり個人でやっている居酒屋だと、こういう常連さんがつくんだなぁと思っていると、ここでマサト君が声を挙げた。

うぇ〜い!ナカザキさんじゃ〜ん!

まだシラフだというのに、声のトーンは酔っ払いのそれである。ナカザキさんと呼ばれた男性はマサト君を見ると

えぇと……会ったことあるっけ、君?

信じたくなかった。しかし自分の中で確信に変わってしまった。この店における、マサト君の立ち位置というものが。ダメだ。ダメなんだマサト君。二回で常連と言ったら。こういうことになるから。

ハラハラしている自分をよそに、マサト君はフルスロットルで続ける。

今日もハゲ上がってんねぇ!

終わりだ。マサト君、それは十回は来てないとしちゃいけないノリだ。俺はもう借りてきた猫のように固まっていた。



しかし酒の力はすごいもので。気づけば隣の席に座ったナカザキさんと、俺たち二人は談笑していた。

「いやぁ、ビックリしたよ。珍しく元気のいい若者がいてさぁ」
「ナカザキさんはいっつもそんな感じすねぇ!」

明らかに噛み合ってない会話を繰り広げる、ナカザキさんとマサト君。酔いでは打ち消せない気まずさの中、俺は逃れるように酒を流し込む。

ひとしきり飲んで会計をしたあと、マサト君は店内にいるお客さん(全員常連ぽかった)に向かって

またマサトをよろしくぅ!!」

と放って店を出ていった。皆の頭上にハテナの文字が浮かんでいたのは、言うまでもなかった。


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