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バトルモードはいつまで有効? #ラトビア日記 27週目


2024年2月26日 “30代はもらったものを返し始める年齢”説

 交換留学に関する連絡が届いた。

 第一関門は突破したみたい。

 アプライしたあと、確認メールも何も来なかったから、正直ちゃんとアプライできているかどうか不安だったが、無事次のステップに進めそうで、よかった。

 このあと、さまざまな手続きを踏んで、正式に受け入れてもらえるかどうかが分かる、はず。

 昨日のnoteを書いてから勉強する範囲を、あるテーマに絞ろうか、という気持ちになっている。 

 ラトビアに来たばかりのころは、林業やジェンダーにも興味があった。

デコラティブな建物が多いラトビア

 新しい選択をするときはだいたいいつも、仮説と好奇心が後押しする。

 東京から北海道に行ったときは「地域でゼロいちを構築できる人になりたい」という好奇心と「人口が少ないところほど前向きに“あえてここに暮らす”選択をしている人が多いのではないか」という仮説があった。

 北海道から鹿児島に引っ越したときは「気候危機の解決では個人と組織の両輪のアプローチが必要だ。組織で仕組みを作っていく方法を知りたい」という好奇心と「その地域特有の合意形成の方法があるはずだ」という仮説があった。

 ラトビアに来たとき仮説はまったくなくて(!)、好奇心純度100パーセントだったから「なぜラトビアなの?」と詰問されると困ってしまうのだけれど、それはそれでよかった。

 交換留学を希望している理由は「せっかくヨーロッパにいるんだし、他の国でも生活してみたい」という冒険心と、新たに勉強したいことがあったから。

 でもキーワードばかり散らばっている。

 どうやって一つの方向に収束させていくか、ずっと考えていた。

 けれど、昨日のnoteを書いて、次の選択をするときは仮説と好奇心だけでなく、具体的に何に立ち向かうかに照準を定め、自分の心身を注ぐ先にしたいと思った。

 30代は、与えてもらったものを返し始める年齢だと説いている人もいたが、あながち間違ってはいない気がする。

 20代は自意識過剰で自分に対してバトルモードだったが、30代は20代より穏やかな自我を手に入れた。

 これからは、自分の外にある理不尽に対するバトルモードに切り替わるのかもしれない。

 ……なぜ“バトルモード”などと書いて、喧嘩腰なのか分からないけれど、しっくりくるから、このままにしておく。

2024年2月27日 ただのメモ

 最近、朝起きると霞みがかっている。

 朝晩の気温差と、冬が終わりかけて湿度が上がっているからだろうか。

 わたしはごはんが食べれないときより、しっかり眠れていないときの方が気分が落ち込むし、やる気が出ないんだなと自覚した日でした。

 夜、スマホを見るのやめたい。明日からやめよう。

とある日の朝焼け

2024年2月28日 メディアには出てこない話

 今日はギリギリまで眠くてだるかったが、ちゃんと対面で授業に出た。えらい。

 いつも大学へは歩いていく。30分くらいだが、歩くと気が紛れる。数分前のだるさがやわらいだ。さんぽセラピー。

 週末の晴れから平日の曇天への落差と寝不足からか、今日の授業中にとつぜん、無性に泣きたくなってしまった。

 でも、なんの脈絡もなく泣くわけにもいかない。情緒不安定が過ぎる。

 お茶を飲んで心を落ち着けた。涙はすぐ引っ込んだ。

 おとうふメンタル、くわばらくわばら。

 とはいえ、泣きたくなった理由はなんとなく分かっている。

 ロシアとウクライナの戦争、ガザでの虐殺、石川県で起きた地震の被害や復興状況、日本の政治経済のニュースなどに、いつも以上に過敏になっているせいだ。

 不安になるというよりは「なんでこんなことに?」と、悔しさと情けなさと怒りが混在して、それらの行き先に自分でも困惑している感じ。

 同時に我々は文化人類学という、人類に対する多様な見方を勉強しているというのに、なぜこの学問があっても人は倫理的な判断を下せないんだと思うと、勉強している内容や文化人類学の先駆者たちにも「なぜ」という気持ちが湧いてきてしまったのだった。

 授業の合間の時間、イスラエルからのクラスメイトが、先週イスラエルに帰国していたときのことを少し話してくれた。

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