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#1.たった1人を笑わせたかった話

こんにちは。ホリプロインターナショナル所属の新人声優の実島大喜です。
今回は小学生時代のある女の子に関する思い出話です。
拙い文章ですが、是非最後まで読んでいただけると幸いです。

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自分の通っていた小学校は田舎にしてはまぁまぁ生徒数のいる学校だった。

その学校に同じクラスメイトではあったが、普段は特別支援の教室に出入りしている女の子がいた。
彼女の名前はもう覚えてはいないが、大きな瞳に癖っ毛のあるショートカット。痩せた体型で足が不自由なため車椅子に乗っていたのを覚えている。
彼女はごく稀に自分達のいる教室に顔を出し、一緒に授業を受けたり、時に給食を食べたりした。

当時の自分にとって彼女の存在は正直特別なものではなかった。
何故なら直接会話を交わした事がなかったが故に、相手の事を知らないし向こうも自分のことをよく知らなかったはずだからだ。

そしてある日、突然先生からその子に楽しんでもらうイベントをしようという提案が起きた。
各班に分けられ、出し物を考えてその子に向けて発表するといったもの。
自分の振り分けられたグループは自分以外全員女子のグループだった。何故だったかはハッキリ覚えてはないが、おそらく席順とかの関係だったのだろう。

グループ内で話し合い、紙芝居をすることになった。
原作ありきの昔話に、絵が得意だった自分が絵を描いて朗読するということになったのだ。

自宅で昔話のストーリーを調べ、その場面ごとに視覚的に表現するべき事、漫画のように迫力のある絵が出てきた時の変化なんかを考えながら水彩絵の具とマーカーを使い、絵の具の湿気で少しふやけた紙芝居を完成させた。

イベント当日は3限目と4限目を使うことになっていた為、普段とは少し違う催し事備える非日常感を感じながら3限目の時間になった。
授業開始のチャイムが鳴り、先生に言われて机を後ろに下げ、椅子だけを教室に並べた後に先生は彼女を迎えに行った。
普段教室にいない子に向けてのイベント。全体的に妙な緊張感が漂い、普段は騒がしい生徒だけの教室は穏やかだった。

しばらくすると先生が車椅子を押しながら教室にその子を連れてきた。
彼女は教室前方の黒板を背にする位置に座し、それを皆が半円状に囲む形で座る。
事前に決められていた順番で各班ごとにサークルの中心に移動し、彼女に向けて発表をしていくのだ。

皆がどんな発表をしたかはよく覚えていないが、縄跳びの二重跳びをした子達がいたのは朧げに記憶している。

そして自分たちの番がやってきた。
そこである事に気づく。

誰が朗読をするのか。

何故そんな事に気づかなかったのか、てっきり自分は絵に徹するから他の子達が読んでくれるだろうなんて内心思っていたのかもしれない。

コソコソとグループ内で緊急会議をする。
初めは1ページずつ交代しながら読めばいいという話になったと思えば、なぜか自分が全て朗読することになった。
絵を描いた本人が一番ストーリーを分かってるとかそんな理由で。
当時の自分は人前で何かをすることが苦手で、クラス全体に自分の意見を言うときなんかは少し涙ぐんでしまうようなタイプだった。
緊張で手汗が紙芝居に移らないようにズボンで何度も拭いた。
もう逃げることが出来なく、時間も限られてる状況ゆえ決行を決意する。

まずは机を一台引っ張ってきて、その上に紙芝居を置く。
グループの女子達は自分を盾にするように後ろに立っていた。
ストーリー自体は覚えていたし、裏面にもざっくりとだがカンペのようなものも書いておいたから気合いでいけるだろうと思った。

まずはタイトルを読み上げ「始まり始まり〜」なんかもそれっぽく付け足すとクラス全体から開演の拍手が鳴った。淡々と読み進めていく。
絵をめくればクラスメイトたちの「お〜」という声も聞こえてきて少し気持ちよかった。
後ろに控えている絵を把握しているためか異様にやりやすかった。

だけど途中でハッと思った。

「彼女は楽しんでいるだろうか」

誰もが昔から繰り返し聞かされていたストーリーを、そっくりそのまま改めて目の前で展開されることに退屈さを感じ、勝手に焦った。

紙芝居から視線を逸らして彼女に目をやると、微笑んでくれていた。
彼女が自分に向けて微笑んでくれたことが素直に嬉しくて、もっと笑わせたいと心が昂った。

完全にスイッチが入った自分は途中からストーリーをガラッと変えた。

次の絵が分かるからこそ絵が出て来た時に驚きが生まれるように、そしてストーリーとしての道筋から大きく外れないように足りない頭をフル回転させながら即興で思いつく展開を彼女に向けて飛ばしていく。
君をもっと楽しませたい。もっともっと。
クラスメイトたちの大きな笑い声が聞こえてくる。

もしかしてと思い彼女に一瞬目を向けると、彼女が声を出して笑ってくれていた。

彼女が目を細め、歯を見せながら声を出して笑う姿を初めて見れたことにものすごい多幸感と達成感に心が浸された。

無意識に彼女の笑い声だけを耳が拾い、そのまま最後の一言まで勢いづいたまま紙芝居を終えた。

彼女と周りのクラスメイトが拍手をし、定位置に戻る際同じグループの女子達に「訳が分からなかった」「自分勝手すぎる」などと小言を言われたが、そんなこと心底どうだって良かった。


自分はあの子だけを笑わせたかったのだから。


おしまい

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