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人はなぜ泣くのか?: 「このマンガがすごい!」のすごい理由を探る - 『逢沢りく』 ほしよりこ

皆さん、関西弁は好きですか?

私は超好き
特にマンガに出てくる関西弁が好きです。

マンガのセリフは独特です。
普通の会話を装いつつ、キャラの思考や状況を、それとなく読者に伝える必要があります。それゆえ、時には日常生活にはないセリフが使われることも。

そうしたかせを負うマンガにおける、関西弁の包容力は異常。
「いやいや。普通そんなごちゃごちゃ説明せんだろ」と思ってしまう会話でも、関西弁ならどこか自然に感じます。
多分に偏見もあると思いますが、関西弁のはらむフランクさと”会話力の高さ”、私は好きです。

今回紹介するマンガは、私が好きな関西弁を、毛嫌いしてやまない女の子が主人公。そして、関西弁の美しさを他にないくらい感じさせてくれる一冊です。

『逢沢りく』 ほしよりこ著

「このマンガがすごい!」の選定作品について、それらの何が「すごい」のかを深掘りする本シリーズ。今回は、私の大好きな一冊をご紹介します。


どんな本? - 作品紹介

試し読みはこちら

りくは中学生。おしゃれなパパと、カンペキなママ、
「オーラがある」と友だちが憧れる、ちょっと特別な存在。
美しい彼女は、蛇口をひねるように、
嘘の涙をこぼすことができた。悲しみの意味もわからずにーー

関西の親戚の家に預けられたりくを襲う
“あたたかな”試練の数々とは?
「い~っやっ! ちょっと! めっちゃくちゃベッピンやないの~っ!」
「あんためっちゃ目立ってるし!」
関西弁ワールドに翻弄され、「私は絶対になじまない」と心に誓うりく。
どうなるりく? そしてママとパパは……?
笑って笑って最後に涙する感動作誕生!

文藝春秋Booksより

本作を知らない方。試し読みされてどう思われたでしょう?
私は、ビビりました。
「なんやこのラフスケッチは!!」

なんやこのネコの顔ぉ!

絵に心血を注ぐ方、マンガに絵力を求めるそこの貴方。
帰らないでください。このマンガ良いから。

毎回、わりと変化球な作品を取り上げますが、この作品もわりと変わっています。
作者のほしさんは、本作を鉛筆で描いたといいます。画材の個性はもとより、フリーハンドでの枠線、写植を入れない手書きのセリフ、極端まで削ぎ落とされた背景も、他にみません。

画面が白いっ!

デザインを勉強されている方が見れば泡を吹きそうです。しかしこの”整備されてなさ”でありながら、このマンガがすごい2016女性篇6位、第19回手塚治虫文化賞大賞を受賞。
「多義性を含んだ柔らかいペンタッチが人間に本来備わるあいまいな部分に呼応するところではないか」というもあり、読み進めれば読み進めるほど、シンプルな線から多くを感じ取れるようになってきます。
味がある絵とは、まさにこのこと。

ストーリー紹介

試し読みをしてみると、クールで感情表現が苦手な女の子が主人公かな?と思われるのでは。
間違っていませんが、主人公・逢沢りくは、感情表現が苦手というより感情が壊れています。感情が死んでしまっている
前掲のページにあるように、泣くという感情の意味が分からない。怒りという感情も、恋という感情も、笑いも、感謝も。それぞれの心のあり方が分からなくなってしまった女の子です。

彼女が関心を寄せるのは、唯一母親に対してだけ。

主人公一家は、父親が会社経営で成功し、美しい母親も意識の高いキャリアウーマンであったことが伺えます。そしてりくは、父の社内不倫を知っている。
表面上カンペキである両親の表面的な関係性を壊さぬよう、りくは両親の顔色を窺い、自分を利用していきます。
それが、彼女の心が動かなくなってしまった理由。

健気で、そして歪んである

中学生ってどうしてこうも、他人の顔色を窺わずにいられないのでしょう?
りくの家庭は複雑ですが、「りく」という女の子に込められた人間像は、むしろ普遍的に感じます。
周囲の関係性を損なわぬよう、自分の感情を押し殺し、周りに合わせて表情をコントロールしていく。その結果、本当に感情が死んでいく。

私は、どうしたってこの主人公と自分を重ねずにはいられない。
あるがままを感じられた小どもだった自分から、他人の反応を恐れ、自分の好き嫌いにフタしてしまった自分。
それは大人に成るまでの、当たり前で普遍的な道だったのかもしれません。けど、当たり前で普遍的な”つまらない大人”へと至る道だったとも思います。
感情が死ぬとは、自分を失うということ。自分を失うとは、誰かの・社会の歯車になるということ。自分の人生を失うということです。
本作は、そうした「自分を見失って、感情が死んでしまった女の子」を主人公とした物語です。
特徴ある絵柄に反し、とても現代的なお話です。

関西を関西たらしめる関西性

あらすじにあるように、りくは関西の親戚宅に居候する身となります。
それまでのハイソな両親との生活から一変。おしゃべりな親戚家族との生活に投げ込まれることになったりく。守り/守られて過ごす両親から離され、おせっかいな親戚一同や、りくを慕う病弱な従兄弟とのふれあいの中で、彼女は何を思うのか。

居候初日。不穏だなぁ…

ここまで書くと、「自分を見失って、感情が死んでしまった女の子」の「心温まる成長譚」が、本作なのかと思われるかもしれません。
いやいや。これだけ個性ある作風で、一般的なハッピーエンドでは終わりません。

大嫌いな関西ワールドで、りくがどのようなラストを迎えるか。
是非、皆さんで確かめてください。
私、この本好きなので、皆さんも買ってください(ダイレクト・マーケティング)。上下巻合わせて、ちょっとしたランチ1回分です。

この章では、作者が描く「関西での生活」を振り返り、この物語のテーマを考えていきます。



関西の親戚は、とにかくおしゃべりです。
無反応なりくにも、遠慮なく会話を投げかけます。

初対面での一コマ
大家族です

親切な親戚に対してりくはひたすらに無愛想。かなり嫌なやつです。

正直に告白します。中学生の私は、「りく」でした。
クールで、周囲の喧騒に混じらないことが格好いいと思っていた。
感情を表に出さずに、自分を守ることに専念していた。

馬鹿だったと今では思う。


『逢沢りく』、2つの会話

コミュニケーションとはなんでしょう?
「会話」とはなんのためにあるのか。

表面的な体裁を取り繕うりくの家庭では、会話は道具的な役割でした。
それは他人を操り、自分を守るためのもの。
社会を蔑み、他人を妬み、自分を大きく見せようとする。悲嘆や叫びや怒りが詰まった、毒のような会話がそれです。

マウンティング・マミー

そうした会話のあり方は間違っている。
言葉の使い方も、自分への価値観も、他者に何を見い出すかも。
りくの実家での会話シーンを見ていると、そう感じさせられます。


対して、りくの関西の親戚は、かなり直裁に言葉を交わします。
軽口も冗談もてんこ盛り。
りくと彼女の母親は、それを下品と下に見ます。

でも、会話は上品で丁寧であることが大切ではないと思う。
関西の親戚は、りくのことを以下に思います。

感情を表に出さない辛さ

本作は、なんとも不思議な空気感で進む日常ドラマの漫画です。
『逢沢りく』は、何も押し付けてこないし、多様な読み方ができます。
ただ、私が何かひとつテーマを取りあげるとするなら、それは「私たちの会話って、なんなのだろう?」と、問いかけるところにあるのではないかと思います。

先述の通り、りく家族の会話/コミュニケーションは死んでいます。
でもその描写は、決して大袈裟ではない。
むしろありがち。
「死んだような会話の不健全さ」を、関西での会話劇と対比して描くことで、さりげなく、静かに読者に染み込ませる。
この漫画はそれができています。
それが、すごい。

よき会話とは、双方の本音が出ていることだろうと思います。
自分の感じていることを、相手にも分かってもらえること。
それが私たちが本当に求めている、コミュニケーションのあり方なのではないか。

「空気を読む」というコミュニケーションは間違っている。それは私たちを蝕むだけです。私たちが救われるのは、それっぽいことを相手に伝え、なんとなく気分を察してもらえた時ではない。
「助けてほしい」と直接に相手に言って、それが受け取られたとき。それこそが、本当に癒されるときだと思います。自分の感情を隠すよりも、それをそのまま表すことができた方が、よほど気持ちがいい。

『逢沢りく』は、正反対なふたつの家庭で過ごす女の子の物語です。
独特のタッチで、ユーモアたっぷりに関西の生活を描き出す、軽やかなストーリーの漫画です。
それでいて、読了後にはしっとりと心に響きを残す。

まさに、
「このマンガはすごい!」



*******

最後までご覧いただきありがとうございました!
選出のたびに思いますが、こういう変わった作風の名作を、しっかりとランクインさせてくるのが「このマンガがすごい!」のよきところです。

まだまだ隠れた名作があると思うので、皆さんの一押しもぜひ教えてください mm

本作を語る上では、やはりラストシーンの解釈も議論を交わしたいところです。最後のシーンでりくが思ったことは何だったのか。私たちはどのような感想を引き出せるのか。
安易なネタバレは避けたいので、有料記事として書いてみました。
気になる方はぜひ。


これからも週に1回、世界を広げるための記事を書いていきます。
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どうぞ、また次回!

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