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「おもしろい」で済まさない。「好き」へ。

先週、「面白い」と「好き」は、自分の中では違うと書きました。
今回はそれについて、ちゃんと考えてみます。

「好きなことで生きる」。
そんなCMが昔にありました。
挑戦的なコピーから、話題を集めた印象です。

誰もが憧れる「好きなことで生きる」というライフスタイル。
しかし、その実現のためには「好きなこと」が必要です。

好きとは何か、面白いとは違うのか。
立ち止まって考えてみようと思います。

おもしろい/好き、その違い

先週、「私の中では、面白いと好きは別ものです」と書きました。
こう書きながら念頭にあったのは、「面白い」は受動的な楽しみで、「好き」は積極的な楽しみだよな、という思いでした。

今の時代は、手軽に面白いと思えるものが増えていると思います。
例えばゲーム、SNS、テレビ、コンビニスイーツ、テーマパーク、ホストクラブ、温泉、本、お笑い、街のイベント。
こうしたものは、私にとって全て「面白い」と感じられるものです。全部、多くの人を楽しませるために作られているので、私の心が拒絶にない限りは、「おもろいな〜」となります。当然に。
「面白い」とはそうした、対象に楽しませてもらっている状態です。

対して「好き」は、自分から楽しさへと向かう状態、楽しさを作ろうと動いている状態です。
そのため、「好き」の活動は、時に困難を伴い、失敗もあり得ます。それでもポジティブさが消えない対象。それが「好き」です。
例えば、部活で上達に向かって努力する、食費を削って推しキャラに投資をする、寝る間を削って勉強できる、創作活動とかです。
上記は分かりやすい例ですが、主体的に動こうと思える対象が「好き」だと考えます。
それは自分だけのこだわりで、往々にして他人にはないものです。

おもしろいから好きへ

分けて考える戦略性

面白いと好きは、生活における役割が異なります。

「面白い」の役割は、日々の癒し、同じ好きを持つ同士との繋がりを作り、新しい行動へのキッカケになります。
たくさんの面白さを発見することは、日常を彩り豊かにしていきます。

「好き」の役割は、自己成長や自己確立です。「行動が考えを作る」というように、好きに向かう、その人の行動は、その人自身のひととなりを作っていきます。
一歩踏み込んで好きを追求することで、その人の個性や人間性や洞察は、磨かれていくと思います。

私はなぜ「好き」が弱いのか

さて、このように面白い/好きを分けて考えると、「自分は好きが弱いなー」と思います。
言い換えると、受動的に消費して楽しむばかりで、積極的に動いて楽しみを作っていない。

その原因のひとつは、社会が楽に楽にの方向性へと進化しているから(言い訳)。

一時代前は、エンターテイメントを楽しむには、勉強(教養)が必要だったと聞きます。
例えば読書・芸術。他にも、麻雀や野球など。特定のゲームを楽しめるようになるには、ある程度の勉強の時間や環境が必要です。
そうした前時代と比べると、今は随分と初心者に優しくなっていると思います。
特にインターネットの出現以降は、時間と場所を選ばずに「面白い」にアクセスできるようになりました。行動量が激低でも、「面白い」を味わえます。
UIは進化し、何の前知識がなくても楽しみへと誘うチュートリアルが一般的になりました。映画や動画や音楽は、短時間で刺激を供給してくれます。

この環境は「好き」を作りにくくしていると思います。
少なくとも、私の定義する意味での、積極的な楽しみ方としての「好き」が作られづらい。カロリーを消費せずに面白さを味わえるなら、その方が経済的だからです。

ただし、行動量が少ないと考えは磨かれない。
先ほども引用しましたが、「考えが行動を作るのではなく、行動が考えを作る」ですから、自発的・自律的な好きが少なく、行動量が低い楽しさで満足していると、考え方が相応に留まってしまいます。
学習過程が必要なレジャーは、その過程に面白いから好きへと自然に導かれるようになっていました。野球の面白さを感じるには、ルールを覚え、ボールの投げ方やバットの振り方、様々な練習が必要です。そうして練習を増やし、試行錯誤を重ねることで、単純な面白いから、好きへと変わっていく。戦略の違いや、個々の選手の技術の高さに注目できるようになる。そのようにして、その人独自の哲学が作られていきます。
今の手軽な、消費者の労力を減らす形で進化しているエンターテイメントは、そうした人格陶冶機能が弱いと思います。

供給されるだけの楽しみ(面白い)に耽溺していると、自分の楽しみを他者に委ねることになります。
我々に必要なものは、安定して楽しさを壊さないでくれる他者を探すことでなく、自分の力で楽しみを作り上げていく自分自身の教養です。


面白いと感じているだけの状態と、行動を伴う好きには差がある。
その差を理解した上で、自分から楽しみを作るレジャーの在り方を、追い求めたいと最近は思います。

「好きには、すごいパワーがあるんだよ!」。
こういうキラキラした言葉は、嘘じゃないと思います。
私たちには、確かにすこいパワーがあると思う。しかし、そのパワーが発揮されるのは、行動した場合に限ると思います。私たちのポジティブネスには、大きな可能性が備わっていると思う。しかし、それが真に輝くのは、一歩踏み込み、自らの試行錯誤が始められた場合に限ると思います。
「おもしろい」で済まさない。「好き」へ。
この一歩を意識する考え方が、面白い/好きを分ける戦略です。


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