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返却

※文章の音声化についてはこちらをお読みください。
https://note.mu/misora_umitosora/n/nc76e754673e5


この台本は下記台本の続編となります。

登場人物は預り屋(男声)、桔梗(女声)、男、女、吉田(男声)の5人。
女は一言台詞のみなので桔梗との兼ね役でも問題ありません。


【預かり屋】
預かり屋店主。見た目は20代だが年齢不詳。普段はつかみ所のない穏やかな人。いつも和装。

【桔梗】
猫のような女性。いつも預かり屋に入り浸っている。見た目は20代後半から30代前半で姐御肌。着物を色っぽく着崩していることが多い。

【男】
ヤクザの若頭。乱暴、短気、力と金が大好き。三年前恋人を殺して死体と凶器を預かり屋に預けている。

【女】
殺された男の恋人。一言台詞のみなので、桔梗との兼ね役でも可。
     
【吉田】
三ヶ月前に愛妻を亡くした男性。穏やかで人を気遣う優しさを持っている。一年前、自分の病気を預かり屋に預けている。


【場】
預かり屋→事務所→民家→預かり屋


【声の年齢イメージ】
預かり屋<桔梗≦女<男<吉田


※SEはあくまでイメージ
――――――――――――――――――――――

■預かり屋■

(預かり屋、草履を履く)

桔梗「おや珍しい、外出かい?」

預かり屋「仕事ですよ。お預かりしたモノをお返ししてきます」

桔梗「出来れば行きたくないって感じだね」

預かり屋「……どうしてそんな風に思うんです?」

桔梗「笑顔が嘘臭い。顔は笑ってるのに空気が刺々しい」

預かり屋「参ったな」

桔梗「……どうしても行くのかい?」

預かり屋「これが僕の仕事ですから」

桔梗「そうだったね」

(預かり屋、出入口に向かい引き戸を開ける)
(遠くで蝉が鳴いているSE)

桔梗「預かり屋ー」

預かり屋「はい?」

桔梗「いってらっしゃい」

預かり屋「桔梗さん……」

桔梗「帰って来たら月見酒と洒落込もうじゃないか。今夜は満月らしいからね」

預かり屋「それなら帰りに大黒堂で何か買ってきますよ」

桔梗「軽くあぶった笹かまぼこで冷酒」

預かり屋「了解です。――それじゃ、いってきます」

(預かり屋、店から出て引き戸を閉める)


■事務所■

男「あぁん? お前なめてんのか? 期限くらい守らせろ。金は必ず回収だ! じゃなきゃ、てめえの命で支払え」

(ドアノックSE)

男「電話中は誰も通すなって言ってるだろ! ――とにかく、計画通り今週末までに金を回収しろ。解ったな?」

(ドアノックSE)

男「ちっ。また後で電話する」

(男、電話を切ると乱暴な足取りでドアに向かう)
(男、ドアを開ける)

男「何度も言わせるな! 電話中は呼びに来るなって――誰もいない?」

預かり屋「こんにちは」

(預かり屋、いつの間にか室内に居る)

男「!? 誰だ!?」

預かり屋「なかなか入れていただけないので勝手にお邪魔させていただきました」

男「てめえ……何者だ?」

預かり屋「預かり屋です。お忘れですか?」

男「預かり屋?」

預かり屋「三年前にお預かりしたモノをお返しに参りました」

男「返しに来ただと?」

預かり屋「はい。あなたの恋人とこの拳銃を」

(預かり屋、机の上に銃を置く)

男「……やっぱ夢じゃなかったんだな」

(男、ソファーに座る)

預かり屋「夢でも幻でもありませんよ。あなたは三年前確かにうちの店にいらっしゃった。そして御代をいただき、私はあなたの恋人とこの拳銃をお預かりしました」

男「あんたどんな手品を使ったんだ?」

預かり屋「手品……ですか?」

(男、煙草に火を点けゆっくりと吸う)

男「あの直後、警察が必死に捜査を始めた。俺はいつ捕まるかと内心ひやひやしてたんだ。だが何日経っても警察は俺の所に逮捕状を持ってこない。任意の事情聴取に付き合わされた程度だ。奴等は確実に俺を黒だと踏んでいたにな。日本の警察は優秀だ。本気を出せば証拠なんていくらでも見付けて来る。そう思ってたんだが……あんたの方が一枚上手だったようだな。ここまで綺麗に証拠を隠してれるとは思ってなかったぜ」

預かり屋「私はただ、自分の仕事をしただけです」

男「くー、カッコいいね! 若いのに一本筋が通ってる。――証拠がなければ警察は動けない。今回のことでそれが良く解った。で、ものは相談なんだがこのままずっと預かっててくれねえかな?」

預かり屋「…………」

男「金ならいくらでも払う。あの一件で俺も出世して今じゃ若頭だ。自由にできる額も三年前とは桁違いだし、悪い取引じゃないだろ?」

預かり屋「私は預かり屋です。お預かりしたモノはお返ししなくてはなりません」

男「頭の固い野郎だな。契約延長だって言ってんだよ」

預かり屋「最初に店にいらっしゃった時にも言ったはずです。一度お預かりしたモノは二度とお預かりできません」

(男、勢い良く机を蹴る)

男「んだとこら! 人が下手に出てればいい気になりやがって」

(男、銃を構える)

男「死にてえのか?」

預かり屋「やれやれ物騒な方だ。何と言われても出来ないものは出来ませんよ。それに銃で撃たれるのも御免です。用も済んだことですし私はもう帰ります」

男「はっ! このまま無事に帰れると思ってるのか? バカが! 全部知ってるお前をそのまま帰すわけないだろう。素直に金を受け取って契約延長してれば長生きできたのにな。――さよならだ」

(男、発砲する)

預かり屋「本当に物騒な方だ。私じゃなければ死んでますよ」

(預かり屋、いつの間にか男の背後に回り込み男の腕をひねり上げる)

男「!? いつの間に――放せ!」

(男、預かり屋を突き飛ばす)

預かり屋「無駄に発砲しないでください。それこそ警察が飛んで来ます」

男「お前は一体――」

預かり屋「ただの預かり屋です。そんなことより、三年ぶりの恋人との再会を楽しんだらどうです? 彼女もずっとあなたに会いたがっていたんですよ」

(鈴SE)

男「……この音は」

預かり屋「そういえば彼女、鈴付きのブレスレットをしていましたね。とても大事にしているように見えましたが、あなたからの贈り物ですか?」

(鈴SE)

男「そ、そんなはずない。あいつは……あいつは死んだはずだ! この銃で確かに! 体だってバラバラにして――」

預かり屋「そう、その銃であなたが殺した」

男「……お前、そうだお前だ! こんなことをして俺がビビるとでも思ったか? こんなインチキはさっさと止めろ!」

預かり屋「疑い深い方ですね。ほら、私は鈴なんか持ってません。それに――」

(鈴SE)

預かり屋「音がしてるのはあなたのすぐ後ろ。彼女ならあなたの後ろに」

(鈴SE)

女『会いたかったわ』

男「うあああああああああああああああ!」

預かり屋「……それでは私はこれで失礼します。お預かりしていたモノは、確かにお返ししましたよ」

(ドアが閉まるSE)


■民家■

(ひぐらしSE)
(預かり屋、玄関の引き戸を開ける)

預かり屋「ごめんください」

吉田「はーい」

(吉田、廊下を歩き玄関に出て来る)

吉田「あなたは……」

預かり屋「一年前にお預かりしたモノをお返しに参りました」

吉田「そうでしたね。どうぞお上がりください」

預かり屋「失礼します」

(預かり屋、玄関の引き戸を閉める)
(預かり屋、草履を脱ぎ吉田に案内され廊下を歩く)

吉田「そろそろいらっしゃる頃だと思ってました。こちらにどうぞ」

(預かり屋、和室に通され座る)

吉田「麦茶でよろしいですか?」

預かり屋「ああ、お構いなく。すぐ失礼しますので」

吉田「まあそう言わずに」

(ひぐらしSE)
(風鈴SE)

吉田「どうぞ」

(吉田、机の上にグラスを置く)

預かり屋「ありがとうございます」

吉田「妻は……三ヶ月前に亡くなりました。私達夫婦に子供はいません。一年前に言った通り、もう思い残すことはありません」

預かり屋「吉田さん……」

吉田「一年前自分の病気が解った時、正直私はどうしたらいいか解らなかった。宣告された余命が確かならば私は病気の妻を残して先立たねばならない。それだけは絶対に避けたかったんです。私達は身寄りがない。病気の妻を残して先立てば、どんな未来が待っているかは目に見えています。……本当は無理心中まで考えました」

預かり屋「そんな時、うちの店にいらっしゃったんですね」

吉田「ええ。お話を聞いた時は半信半疑でしたけどね。それでもあの時の私はその希望にすがった。お医者さんも驚いていましたよ、何故病気の進行が急に止まったのかとね。あなたが私の病気を預かってくださったおかげで、最後まで妻についててやることができました。本当にありがとう」

預かり屋「奥様は吉田さんの病気のことを?」

吉田「最期まで知らずに逝きました」

預かり屋「そうですか」

吉田「知ってしまえば絶対に心配しますから。あいつにそんな思いはさせたくなかった」

預かり屋「本当に奥様を愛しているんですね」

吉田「愛してるなんて直接言ったことはないですけどね。いつもいつも妻は私を支えてくれました。自分の病気を気にして、自分が落ち込めば私が更に心配すると思って、いつも笑顔で。心の中は不安や嘆きで一杯だっただろうに。本当に……本当に私には出来過ぎた妻でした」

(風鈴SE)

預かり屋「奥様はしあわせな方ですね」

吉田「え?」

預かり屋「そんなに愛されて想われて、最期まで見送ってもらえて」

吉田「そうであって欲しいと思います」

預かり屋「……あなたは病気を預かる御代として寿命を削った。おそらく病気をあなたの体に戻せば一年も持たないでしょう」

吉田「解っています」

預かり屋「よろしいんですね?」

吉田「ふっ。あなたは優しい方だ」

預かり屋「――どうしてそんな風に思うんです?」

吉田「私よりあなたの方が辛そうな顔をしていますよ。見送る側の辛さは私も良く知っている。仕事とは言えあなたも辛いお立場ですね」

預かり屋「ふっ。お客様に心配させるようでは僕もまだまだ未熟者ですね」

吉田「いえあの、そういう意味では」

預かり屋「解っています。お気遣いありがとうございます」

(風鈴SE)
(ひぐらしピタリと鳴き止む)

預かり屋「……それでは私はこれで失礼します。お預かりしていたあなたの病気は、確かにお返しいたしました」


■預かり屋■

(預かり屋、引き戸を開け店に入って来る)

預かり屋「ただいまー」

(預かり屋、引き戸を閉める)

預かり屋「桔梗さん買ってきましたよー」

桔梗「おかえり。……少しスッキリしたみたいだね」

預かり屋「人の表情から色々読み取らないでください。やり辛いなあ」

桔梗「読み取られる方が未熟者なのさ。それが嫌なら早く一人前におなり」

預かり屋「相変わらず手厳しいや」

(預かり屋、店内を進む)

預かり屋「ところで何で電気点けてないんですか?」

桔梗「満月だからさ。お前さんももう少ししたら目が慣れる。二階の準備はしておいたよ。ほらほら、入った入った」

(預かり屋、草履を脱ぎ帳場に上がる)

預かり屋「はいはい。早く飲みたいのは解りましたから押さないでくださいよ」

(二人、帳場を抜け階段を上がる)
(預かり屋、二階にある一室の襖を開ける)

預かり屋「なるほど、今日はこういう趣向ですか」

桔梗「月見酒って言っただろ。電気を消して、窓は全開で満月と外の空気を楽しむ。七輪で好みの肴をあぶって、程良い温度の冷酒」

預かり屋「いいですね」

桔梗「笹かまはこっちに渡しておくれ。軽くあぶった方が美味しいから。生醤油はここ。生姜と山葵はすっておいたからね、お好みでどうぞ。冷酒は文机の上にあるよ」

(二人、部屋に入り腰を下ろす)
(預かり屋、冷酒を準備する)

預かり屋「まずは一献」

桔梗「これはどうも。……はぁ、美味しい」

預かり屋「はぁ。綺麗な月ですね」

(炭火SE)
(風鈴SE)

預かり屋「――死を前にして臆せず穏やかで居られる人は、死に脅え遠ざけようとする人と何が違うんでしょうね」

桔梗「随分難しいことを訊くじゃないか」

預かり屋「あはは。すみません」

桔梗「はい、笹かまが食べ頃だよ」

(桔梗、預かり屋の前にお皿を置く)

預かり屋「ありがとうございます」

桔梗「……本人の資質や環境にもよるだろうけど、満足感とかじゃないのかい? やりたいことをどれだけやって来たか、誇れるものを残せたか、大切な人をきちんと愛すことが出来たか、自分の存在を認めてもらえたか。何に満足感を感じるかは人それぞれだし、些細なことで満足感を得られる人もいれば何をしても満足できない人もいる。……きっと誰もがその時にならないと、これという答えを見つけられない問題だろうね」

預かり屋「難しいですね」

桔梗「お前さんはいつも難しく考え過ぎるのさ」

預かり屋「そうかもしれません。多分僕は、どう受け止めればいいか迷っている」

(炭火SE)

桔梗「無理に型に押し込めることはないよ。『今はまだ分からない』それでいいんじゃないのかい?」

預かり屋「…………」

桔梗「時間が経つことでしか見えないものもある。アタシはそう思うけどね」

預かり屋「……そうですね」

(風鈴SE)

桔梗「あーもー、辛気臭いのは苦手だよ。こんな美人のお酌付きで月見酒なんだ。楽しまなかったら満足して死ねないよ?」

預かり屋「ふっ。これは大変失礼しました」

桔梗「解ればよろしい。今日はいい鯵が手に入ったんだ。後でおろして刺身となめろうにでもしようじゃないか」

預かり屋「いいですね。それはお酒がすすみそうだ」


ナレーション(預かり屋)「ここは『預かり屋』。形あるモノだけでなく時間、記憶、夢、痛み……何でもお預かりいたします。ただしお預かりしたモノは必ずお返しいたしますのでご注意ください。またのご来店を心よりお待ちしております」

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人称や語尾変更ご自由にどうぞ。

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