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ニオう人

「うわ、こいつやってんな。」

昼ごはんを食べに入ったマクドナルド。隣でポテトフライをかじりながらスマホをいじっていた友人が突然声を上げた。「見てやこれ。俺の女友達のやねんけど。」と言って、手のひらのスマホの画面を見せてくる。SNSの投稿で、美味しそうなケーキの写真だ。特に気になる点は見つからない。

「どないしてんこれが?」

「画像の奥の方、ここ。よう見てみ。」

彼の指し示す箇所には、ぼんやりとだが男性の手らしきものが写っている。同じテーブルでケーキを食べているようだ。やはり気になる点は見つからない。キョトンとしていると彼は「だめだこりゃ」と言わんばかりに肩をすくめて見せた。

「こんなもん、『匂わせ』以外の何物でもないやろ。」

なるほど、「匂わせ」。ここ最近よく耳にするようになった。直接的な表現を避けつつ、でも暗に恋人だのの存在を周りにアピールすること、らしい。

「たぶんわざと写ってるの使ってるでこれ。あとこれ、『#運転ありがとう』て。言い逃れできひんやろ。」

こいつは警察かなんかか。警棒ばりに持ったポテトで画面を突き刺しそうな勢いだ。

「こういう女はマウント取りたいねんで。自分満ち足りてます〜順風満帆です〜って。はーやだやだ。」

「考えすぎやろ。」

「お前はこいつのこと知らんからそう言えんねん。いっつも思わせぶりな態度ばっかり取ってたんや。みんな言うてた。」

主語がでかいねん。彼は画面を見つめながらトガらせた口でポテトの先を苦そうにかじる。

「そんなイラつくんやったら見なかったらええのに。」

彼の、ポテトをかじる口が止まった。芋の破片が入った口でまくしたてる。

「いや、あのな。見たくなくてもタイムライン見てたら勝手に目に入るねん。こんなもん嫌でも気になるやろ。仕方なくない?」

「仕方なくはないやろ。ミュートするなりフォロー外すなりしたらええやん。」

「いや、でも…」

「気になるから見てるんちゃうん。それで見といて気に入らんから文句言うのっておかしいやろ。自分から冷蔵庫入った奴が寒いって文句言うか?」

しまった。彼の早口につられて少し煽るような言い方をしてしまった。彼の食べかけのポテトが彼と紙袋の中間で行き場を失っている。

というか。そうか。

「お前、もしかしてこの子と何かあった?」

宙ぶらりんだったポテトが紙袋の下のトレイに落ちるが早いか、彼がこっちを振り向いた。

「はーーーー!?何もないし!?何なんさっきから正論ばっか言いやがって!!!言われんでも分かってんねん!!!もう知らん!!!」

さっきの倍はあるんじゃないかという速度でまくし立てたかと思うと、すごい勢いで立ち上がり店を出て行ってしまった。立ち上がる時に力んだからかイスの音と同時にブッと派手な音がした。

ハッとしてつい口から出てしまったが、彼にとって、俺の想像していたより痛いところを突いてしまったのかもしれない。後で謝ろう。

匂わせだの何だのよく言うが、自分が臭いと思うならフタをする手段はあるはずだ。気に入らないニオイなら自分から嗅ぎに行かなければいい。

しかし…。

「お前が一番ニオうわ…。」

ポテトの脂のものより濃く、オナラのニオいが彼のいた席に残されていた。


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