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春日傘~ショートショート⑦冬の街かど

①たい焼きが食べたい


冬の小川の流れはときに
海で聴くさざ波のような囁きを奏でて流れてゆく。

川沿いの桜並木は枯れ枝に春の命を宿して北風にじっと耐えている。

この街は冬になると観光客の人通りは少なくなり閑散とするのだ。
地元の老人が散歩する姿を、猫とカラスが見守る。

『さみしいのぉ』
『年が明けて新規のお客さんは』
『誰も来ん。』

店の外をホウキで掃きながら、店主はハンチング帽のずれを直した。
一月にしては暖かい日射しに顔をあげて、川にむかい一つ深呼吸をした。

『商店街のたい焼きを食べたいのぉ!』

思いついたら即行動な性分で、いてもたってもいられない店主だ。たい焼きを買いに行くと決めた。

喫茶さくらは、開店したものの客は誰も来ていない。これ幸いに臨時休業の札をぶら下げて、火の元を確認して遊びに出かけることにしたのだ。

『みな働きすぎなのじゃ。』
『好きなように過ごしたいのぉ、ハッハ』

そう呟くとコートを羽織って手袋をした。店にカギをかけて、川下南のバス停方向へと歩いていく。
川沿いを観察しながら十五分程で商店街の入口まで到達した。

幼い一人娘を連れて何度も買い物に来た思い出の商店街だが。

『人通りが減ったの!』
『以前の半分くらいかもしれん。。』
『娘が小さい頃はもっと買い物客でにぎやかだったが。』

これも時の流れだと、顔をあげてアーケードを見上げた。

地方の抱える過疎化の問題は、店主たちの頭を悩ませるものだった。
後継者がいないという深刻な事態。それは地方の中小企業に町工場、名店、旅館に共通の課題だからだ。

最近も夢見温泉の旅館が、後継者不在のため一軒廃業した。

『まぁ、悩んでもしょうがないの。』溜息がもれた。


②商店街に気づくこと


商店街の端には昭和創業のパン屋があったのだが、その店では古いパン焼き窯があり、老婆が昔ながらの山型の食パンだけを焼いていた。
十年前は喫茶さくらのモーニングにはこの店の食パンを使っていた。
しばらく閉店状態だったのだが店主が通りがかると、どうしたことか綺麗な店に生まれ変わっていた。

『なんと、綺麗な店になったの』
思わず入店して、陳列されたパンの品数の多さにまた驚いた。

『いらっしゃいませ。』
『やあ、こんにちは。ひょっとしたら』
『ここのお孫さんじゃないのかの?』

『えぇ、そうです。今年から祖母のお店を引き継いで、店の事やってます。』
カウンターの中で可愛らしい女性があいさつした。まだ三十代半ばくらいの、アッシュに染めたショートヘアの明るい笑顔が素敵だった。

『そうかね、そりゃ頼もしい。』
『ピーナツコッペをいただこうかの。』

『もしや川沿いにある喫茶店の。。マスターさんですか?』
『そうそう、くるみおばあさんは元気にしとるかの?』
『うわーありがとうございます!祖母は元気ですよ。時々店番をおねがいしてますの。』
『さくらブレンドが飲みたい、って。』
『でも足が不自由になってから、なかなか出歩けないとぼやいてます。ふふ。』
『バスも本数が減って、コミュニティタクシーも二日に一回で行先がかぎられてて。』
『そうじゃったか。』

移動のための交通インフラも地方都市では衰退の一途をたどっている。
路線バスの効率化、ドライバー不足によるダイヤの縮小。コミュニティバス、タクシー、福祉施設の人手不足、スタッフの高齢化が著しい。
運賃収入だけではとうてい経営は成り立たず、公の補助金頼りの実態がある。
空車で走るバス、新車でハイブリッドにしないといけない理由もある。
交通弱者という言葉を都会の識者がテレビで語る。乗り鉄の趣味用ではなく地元民のための鉄道、TV番組用ではなく地元民のためのバス、なのだ。

田舎の暮らしは移動手段の問題が山積している。
地方に住む人々が当事者なのだ。いずれ車を手離すときのことを皆が自分事として考えていかなければならない。

『足腰が弱るといかんの。』
いろいろな想いを打ち消す店主だった。


『くるくるパン』と手書きされたかわいい看板。。ピーナツコッペと食パンを買って店を出た店主は、あらためて店の外観を眺めてみた。
孫娘の手による看板はいきいきとした生命力にあふれている。このように次世代がバトンを受け継ぐ店は幸せな方だ。

『わしもそろそろ、次の時代のことを考えていかんとの。』
とひとりごちた。そのままたいやきをめざして商店街のなかを歩いてゆく。

空き店舗は解体されて、アーケードの並びには穴があく。ハーモニカの穴のようにポッカリと
そこには風がとおり寂しい音が鳴る。雨が降るとアーケードの利点の密閉した感じが途切れるので少し濡れる。

『ずいぶんお店が減ったの』
歩きながらキョロキョロとアーケード中を見てまわる店主だった。
『さあ、たいやきを買うぞ』

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いろり庵の店舗前まで来ると、備え付けられた桜野ふみえさんの手書き看板を眺めた。信念ある字体がとても美しい。
店に着くと引戸をあけて声をかける

『こんにちは、あんことクリームを一つづつ下さるか。』
『いらっしゃいませ。こんにちは、マスター』
『今日はどうしたんです?喫茶店はお休みですか』
『うむ、とくべつに今日は美味しいものを探す研修なんじゃよ。ははは』
店を受け継いでひとり切り盛りする孫娘のあすかさんがニコニコと頷き、出来たてほやほやのたい焼きを包んでくれた。

『たい焼きなら冬のさなか売れてるじゃろう。』

それがそうでもないですよ、と
『最近はおしゃれなパン屋さんに押されてます。』『みんなの商店街に活気が戻るといいことなんですが』
『。。実はわしもたった今、食パンとピーナッツコッペを買ったばかりなんじゃ、ハハ』

そうなんですね。その赤い袋はパン屋さんの、、と二人で顔を見合わせ笑顔になった。

『昔ながらの洋服屋さんと帽子屋さん、二件並びのお店が』『解体されて今度は駐車場になるらしいの』
『そうじゃったか。。このハンチング帽もあの店で買ったものじゃ』『駐車場とな。。』

 地方の商店街に駐車場は必要不可欠だが、地主の商店主組合にはそれぞれの考え方があり、駐車場拡充には反対する組合員も少なくない。

平面駐車場が増えると、商店街が途切れてアーケードの密閉された空間利点が損なわれる。
風雨も入る、店の連続性が損なわれて客の回遊率が落ちる。

『さみしいこと。。』
店主はとぼとぼ歩いて商店街を出た。カラスの鳴く声をきいて寂しさが殊更につのる。

川筋に昨夜の雪が残る寒い日だ。店主の心は冷えきって、どうにもできぬあきらめが足取りを重くしていた。


③店主の仕事、絵美子の仕事。


『食パンを一斤、ピーナッツコッペパンを一つ、たい焼きがあんことクリームの一つずつ。。』

こりゃ、買いすぎた!うーむ。。
と店主はハンチングを脱ぎながら喫茶さくらのカウンターにそれらを広げて苦笑いする。
『たい焼きだけ買うつもりが』
『一人で食べきれんの』
『娘がいたらの。。』


すぐに食パンを冷凍する。一枚ずつラップでていねいに包んで冷凍庫にしまうのだ。六枚冷凍して、月曜日の限定モーニングに懐かしのトーストと銘打って出してみよう、そう決めた。
店主自身の昼食はあんこの入ったたい焼きを食べることにした。
クリームの入ったたい焼きとピーナツコッペを持て余してしまったが、これは明日の朝ごはんと、おやつにもとっておこうと決めて冷蔵庫にしまった。

午後二時には、コーヒー豆をひきサイフォンをセットして、開店の看板をもう一度出すことにした。

商店街の老いたいびつな姿を思うとき、まだやり繰りできている自分の幸運を思う。

『わしは独り身でも、喫茶店を切り盛りできておる』『お客さまのおかげさまじゃ』


冬の午後、人通りは少ない。みな足早に店の前を素通りするのだった。


しばらくして、カランコロ。。と店のドアに吊るした鐘が鳴った。
『いらっしゃい。』
『おやまあ、』
『おひさしぶりですね』
『お嬢さん。』
『マスターもお元気でしたか?』
『おお、見てのとおり。』『元気ですぞ。』


『絵美子さんじゃったかの。』
『ええ、憶えて下さってたんですね。』
『そりゃあ、ほたるの夕べにも来てくれたからの。』
『あのときは暑くて、、でもいい思い出になりましたわ。』
『もう年が明けて、雪の舞う季節ですものね。』
『はやいのう。』
『ふふ、ほんとうに。』
『ひまわりの丘には行ったかの?』
『ええ、まだ咲いていないひまわり、青い鳥を見て来ましたの』
『それは残念な、、いやいや、幸運だったのかな。』
『どうでしょう。ふふ。』


店主は、家を出たままになっている一人娘の面影を投影して絵美子をみていた。四十代になる娘はちょうどこの子くらいの背かっこうではないのか。

去年のクリスマスにyoutubeから流れた、Flower seedの『Very Merry Christmas』

南かのんさんの澄んだ美しい歌声を思い出しながら、絵美子のむこうに娘の面影をみていた。

 今日は仕事の視察でこちらの近くまで来ました。と絵美子は来店のいきさつを話しはじめた。街の活性化を目的とする、NPO法人に勤務する絵美子は商店街の抱える問題に興味を持っていた。なぜ若者が地方を出て行くのか、と率直な疑問をもっていたのだ。

『商店街には行ったかの?』
『はい、街づくりひろば。という有名なNPOさんがあり、アポとって見学させていただきました』
『ひろば。さんは都心から移住してくる人を受け入れて、空き家やお仕事の紹介、つながりをつくるハブになっています』
『私は都会に住んでいますが、移住する人との関わり方が地方でどのように推進されているか、工夫されているか、』『とっても興味があったんです。』

絵美子は、ほたるの夕べに合わせて旅行に訪れたときの、この街の人々にやさしく接してもらったことを思い出していた。
地元民だけで凝り固まってしまわず、柔軟に受け入れる姿勢はとても大切なこと。そう語った。

地方の活性化はハコもの【施設建造物】を作ることではなく、人を作ることこそがまずは肝要なのだ、そう実感して喫茶さくらに遅い昼食を食べに来たのだ。

そのようにいきさつを語り終えて、昔ながらのトマトソースパスタとさくらブレンドのセットを注文した。

『臨時休業するつもりが』
『開店してよかったのぉ』
そう一人ごちて店主はパスタを炒めてトマトソースをかけ、お皿に可愛く盛りつけた。

『おまちどうさま』
『わぁ、とっても美味しそうですね~』
ハンチング帽をさすりながら
『何十年と変わらない味ですぞ~』
店主は照れくさそうに言った

 
~つづく~










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